企業活動において、紙ベースの書類や資料のやり取りは今なお盛んに行われています。しかし、近年、テレワークやDX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流が加速する中、そしてSDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりなどを背景に、ペーパーレス化 が脚光を浴びています。無駄な印刷や保管スペースの確保、郵送コスト、セキュリティリスクなど、紙文化に伴うデメリットを削減し、業務プロセス全体を見直す大きなチャンスでもあるのです。
これまで本シリーズでは、業務一覧表や作業手順書などの整備、見える化による業務改善など、多彩な手法を紹介してきました。ペーパーレス化もまた、組織の生産性向上や属人化防止、リスク軽減などに大きく貢献する手法です。ただし、導入・運用時には紙独特の使い勝手を失うことへの抵抗や、システム導入コストなど、いくつか注意点も存在します。
本記事では、ペーパーレス化を進めるための基本視点 として、どのような業務が向いているのか、導入時のポイント、実際の成功事例などを紹介します。単純に紙を減らすだけでなく、業務フローそのものを最適化し、最終的には企業の競争力と働きやすさを向上させるためのヒントを解説しますので、ぜひ最後までご覧ください。
(このサイトでは、中小企業が業務プロセスの最適化を実践し、持続的な成長を実現するための総合的な情報を提供しています。全体像や関連する記事は「業務プロセス最適化ガイド|全15ステップで基礎から応用まで」でご覧いただけます。)
「ペーパーレス化」は、紙の書類をデジタルデータ化し、電子ファイルやクラウド上で管理・共有することで、業務効率とコスト削減を両立させる取り組みを指します。
従来、紙文化が根強かった日本企業の多くは、印刷・押印・郵送・保管 といった過程に多大なコストと時間を費やしてきました。これらを削減すれば、余剰リソースをより付加価値の高い業務に振り向けられるだけでなく、環境負荷軽減にも寄与します。
これらのメリットを享受するためには、単に紙を減らすだけでなく、業務フロー全体を見直し、デジタルデータを活かしたプロセス へ移行する視点が不可欠です。
ペーパーレス化の導入効果は、業務の種類や特性によって大きく異なります。以下は、特にペーパーレス化が向いている業務の特徴 を挙げます。
これらの特徴を持つ業務から優先的にペーパーレス化を導入すると、効果が大きく、また社員の抵抗感も低め(業務がすでに大変なため歓迎されやすい)であるケースが多いと言えます。
ペーパーレス化には多くのメリットがある一方で、「紙を無くすこと」 自体が目的化すると失敗する恐れがあります。以下の点に留意し、導入の意義と手法を丁寧に検討する必要があります。
図2 ペーパーレス化前後の業務量の比較
ペーパーレス化を推進するには、スキャナー(複合機含む)、OCRソフト、電子署名サービス、クラウドストレージ、文書管理システム、ワークフローシステムなどが必要になる可能性があります。中小企業にとっては導入コストやランニング費用が負担になることも。
システム選定時は、社内ITリテラシー や 運用担当の確保、取引先との連携方法、セキュリティ要件を踏まえ、必要な機能を見極め、過度に高機能でないツールを小さく導入するのも有効な手段です。初期費用だけでなく、月額利用料、サポート費用、社内での教育コストなどを含めた総所有コスト(TCO)で評価することが重要です。
(3) 法的要件・コンプライアンス
税務関係書類や契約書の電子化には、電子帳簿保存法 や 電子署名法 など、法的要件を満たすための要件が存在します。
一部書類は原本の保管が義務付けられている場合や、電子保存が認められていてもタイムスタンプ や 改ざん防止措置、検索要件(日付・金額・取引先で検索できる等)が必要な場合があるため、導入前に必ず最新の情報を確認し、事前に調査が必要です。必要に応じて税理士や弁護士などの専門家に相談してください。
ペーパーレス化に抵抗を示す社員や部署がある場合、無理に押し付けず、段階的に導入 したり、導入によるメリット(検索が楽になる、場所を取らない等)を具体的に伝え、成功事例を共有して理解を促したりする工夫が大切です。
紙の感触や書き込み作業が好きな人、手書き文化に慣れきったベテラン社員も少なくありません。導入計画段階から現場の代表者を巻き込む、各部署に推進役(チャンピオン)を置く、具体的な不安(操作が難しい、目が疲れる等)を聞き取り、個別に対応策(研修、ツールの設定調整等)を講じる、などが有効です。教育やサポート体制を充実させ、紙との混合運用期間を設けるなどして、スムーズに移行させることが望ましい。
ここでは、ペーパーレス化を導入し、大きな成果を上げた中小企業の具体例を紹介します。
ペーパーレス化は導入がゴールではありません。運用を定着させ、継続的に改善し続ける ことが重要です。以下では、ペーパーレス後の管理ポイントをまとめます。
ペーパーレス導入直後は社員が慣れておらず、「紙の方が安心」 という心理が残ります。システムの操作マニュアルや運用ガイド(例:ファイル命名規則『YYYYMMDD_書類種別_取引先名.pdf』、フォルダ構成『部門別/年度別/月別』、アクセス権限ルール『閲覧のみ/編集可』など)を整備し、さらに社内研修や相談窓口を設けて安心感を提供しましょう。
ITリテラシーに差がある場合は、チーム内でヘルプ担当を決めて手取り足取りサポートするなど、フォローアップが必須です。「とりあえず印刷」を防ぐための意識啓発も重要です。
デジタル化した書類やワークフローは、時間とともにフォルダ構造が雑多になったり、不要データが増えたりします。誰が責任を持って管理するのかを明確にし、定期的にデータ整理やアーカイブ、アクセス権限の見直し を行い、最初のクリアな状態を維持しましょう。
バージョンアップやセキュリティ対策の更新も必要。電子契約サービスやクラウドストレージの契約内容・機能追加を定期的にチェックし、陳腐化しないように使いやすい環境を保ちます。
ペーパーレス化がどれだけコストや時間を節約したのか、具体的な数値で示すと社員のモチベーションや協力が得やすいです。例えば「年間印刷コストが50万円→10万円に」「月末処理が1日短縮」「書類検索時間が月平均XX時間削減」などの成果(例:削減できた紙の枚数 × 単価 + 削減できた保管スペースの賃料相当額 + 検索時間短縮による人件費削減効果 などで試算)を社内共有ツールで公表すると、さらなる協力意欲を高められます。
環境面の貢献度(紙使用量削減によるCO2排出量軽減など)もアピールポイントになり得るため、CSR活動や企業イメージアップとして社外へも発信可能です。
ペーパーレス化は、中小企業がコスト削減や働き方改革、情報管理の効率化を同時に実現するための大きな一手です。ただし、単に紙を無くせば良いわけではなく、業務フローそのものの見直しやデジタルツール活用の最適化、社員教育や社内ルール整備など、総合的な視点 が求められます。
導入効果が明確に表れる業務(経理、人事、総務、営業など)は優先度が高いため、まずは効果の見込める領域から着手し、成功事例を作る のがおすすめです。最初から全社・全部署での完全ペーパーレスを目指すのではなく、特定の部署や業務からスモールスタートし、効果を確認しながら徐々に範囲を広げるアプローチが中小企業には適しています。一方、法的要件を満たさなくてはならない書類や、取引先の慣行を変える必要がある業務などは、慎重な事前調査と合意形成が不可欠。段階的な運用と改善サイクル(PDCAなど)を回しながら、最終的には全社的なペーパーレスを目指していきましょう。
次回は、「心理的安全性を高めるためには|業務改善のためのファーストステップ」をテーマに、チームや組織が業務改善を進めるうえで欠かせない“心理的安全性”の概念を深掘りします。ペーパーレス化のような変化を伴う取り組みにおいても、人材不足や変革への抵抗が顕著になりがちな中小企業でこそ、社員同士が安心して意見交換し、協力し合える環境づくりが重要となりますので、ぜひあわせて学んでいただければと思います。
もし、ペーパーレス化を検討中で何から始めればいいかわからない、導入に向けた社内合意が難しい、法的要件への対応が不安だ、というお悩みをお持ちでしたら、エスポイントまでお気軽にご相談ください。 法的要件確認やシステム選定、業務フローの再設計など、貴社の状況に最適なステップでペーパーレス化を支援し、コスト削減・生産性向上をサポートします。
本シリーズの全体構成や他の関連記事は「業務プロセス最適化ガイド|全15ステップで基礎から応用まで」で確認できます。
ペーパーレス化準備チェックリスト
→ 自社でペーパーレス化を進める際に必要となる項目(既存業務フロー把握、対象書類の優先度付け、デジタルツール比較、法的要件確認など)を整理したリスト。小規模から始める場合にも役立ちます。
電子稟議・電子契約導入マニュアル
→ 稟議書や契約書を電子化する際の基本フロー、注意点、推奨ツール例などをまとめたマニュアル。紙ベースの承認文化が強い組織でも、段階的に移行できるヒントを提供します。
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