企業が持続的に成長し、競争力を維持・強化するためには、業務プロセスの改善が欠かせません。これまで本シリーズでは、業務一覧表を活用した全体像の把握や、作業手順書・マニュアルの整備、平準化による負荷分散、そしてナレッジマネジメントの重要性などを取り上げてきました。それらは組織としての業務を「見える化」し、標準化するための基本施策ですが、これらをさらに実効性のあるものにするには、「現場のリアルな声」 をいかに拾い上げるかが大きなポイントとなります。「業務ヒアリング」は、現場で業務を担っている社員や担当者に直接インタビューを行い、課題の本質やアイデア、改善のヒントを得るためのアプローチです。これは単なる情報収集ではなく、相手への敬意と共感を持って行うコミュニケーションであり、信頼関係を築き、本音を引き出すためのソフトスキルが重要になります。実際、経営者や管理職だけでは把握しきれない現場特有の状況や課題が山ほど存在します。
こうした声をしっかり聞き取り、業務フローや手順書、マニュアルなどに反映させることで、改善施策がより実践的かつ効果的なものに近づくのです。
中小企業においては、大規模な調査でなくとも、日々のコミュニケーションの中で『ちょっと聞く』ことを意識するだけでも、改善のヒントは得られます。形式ばらず、現場との対話を大切にしましょう。
(このサイトでは、中小企業が業務プロセスの最適化を実践し、持続的な成長を実現するための総合的な情報を提供しています。全体像や関連する記事は「業務プロセス最適化ガイド|全15ステップで基礎から応用まで」でご覧いただけます。)
業務ヒアリングとは、現場担当者へのインタビューを通じて、実際にどのような作業が行われているかを深掘りし、問題点やボトルネック、アイデアを引き出す行為 を指します。経営者や管理職は、Excelのデータや数字の指標などから全体像を把握しているつもりでも、現場目線の「肌感覚」や「潜在的な課題」は案外見逃しやすいものです。
このように、業務ヒアリングは現場理解 と 改善策の現実適合性 を高めるための核となる活動です。中小企業こそ、日頃から社員の声を拾い上げるしくみを作っておくことで、大きなトラブルを未然に防ぎやすくなります。
ヒアリングを成功させるためには、事前準備が大切です。準備不足のまま現場に行き、漠然と「何か問題はないですか?」と聞いてしまうと、具体的な課題が見えないまま終わる可能性が高まります。以下のポイントを押さえた上で準備しましょう。
「なぜヒアリングするのか?」「どの業務領域・どの課題にフォーカスするのか?」をあらかじめ定義します。たとえば、「月末に発生する売上報告処理を短縮したい」といった具体的な目標があれば、それに関連する質問を考えやすくなります。
*「業務ヒアリング質問リスト」は、記事末尾の補足コンテンツからダウンロードいただけます。
オープン質問は相手に自由に語ってもらい、深掘りのきっかけを作り、クローズド質問は情報の明確化・事実確認に使うと効果的です。あらかじめ質問リストを用意し、インタビュー中も状況に応じて柔軟に追加・修正していきます。5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識すると、質問の網羅性が高まります。
属人化が強い業務、改善余地が大きそうな業務、あるいは作業手順書が未整備の領域など、優先度の高い業務の担当者を中心に選定します。ただし、関係者が多い場合、全員にヒアリングするのは非効率なので、「キーパーソン(業務に最も詳しい人)」「現場のベテラン」「実際に作業を行う複数メンバー(異なる視点を持つ人)」 をバランスよくピックアップしましょう。新任者や経験の浅い担当者からは、「当たり前」と思われている課題が見つかることもあります。
ここでは、実践的に使える業務ヒアリングの5ステップを紹介します。ヒアリングの目的や対象によって多少手順が前後することはありますが、以下の流れを頭に入れておくと進めやすいでしょう。
ステップ1:事前情報整理とターゲット絞り込み
まずは、業務一覧表や既存のマニュアル・作業手順書、あるいはナレッジマネジメントツールに目を通し、すでに把握している業務の概要や問題点を整理します。これにより、「何が分かっていて、何が分かっていないのか」を明確にし、ヒアリング前に「どこを重点的に聞くべきか」という仮説が見えてきます。
例:
こうした仮説を立てつつ、最優先の業務領域とインタビュー対象を決めます。さらに、インタビューでは「どんな情報を得たいのか」を洗い出し、質問リストの試作を行いましょう。インタビュー対象者にも事前に目的と聞きたい内容の概要を伝えておくと、当日スムーズに進みます。
実際に担当者にアポイントを取り、インタビューを行います。可能であれば、作業をしながらヒアリング(Gembaインタビュー) する形が理想です。作業画面や現物を見ながら話を聞くと、言葉だけでは伝わらない工程や工夫、困りごとが明確化しやすくなります。
インタビュー中は「傾聴」と「共感」を意識し、相手が話しやすい雰囲気づくりを行いましょう。相手の発言を言い換えたり(パラフレーズ)、要約して確認する、適切な相槌や頷き(非言語的サイン)を送る、などが有効です。オンラインの場合は特に、相手の反応を注意深く観察しましょう。批判や否定から入ると本音が引き出しにくくなります。メモを取ることに集中しすぎず、対話を重視しましょう。(録音する場合は事前に許可を得る)
インタビューだけではなく、実際に担当者が作業しているところを観察したり、端末や書類を見せてもらうことで、説明では気づけない問題や工夫を発見できます。具体的には以下のような点に着目します。
こうした観察情報は、属人的なショートカット や 二重入力、 無意識のうちに発生しているムダ を把握するうえで欠かせません。現場の行動とインタビュー内容を照らし合わせることで、担当者自身も気づいていない課題が浮かび上がることもあります。
ヒアリングと観察で得た情報を整理し、「課題点」「改善アイデア」「既存資料とのギャップ」 といったカテゴリに仕分けると効果的です。収集した定性情報は、付箋などを使って似た意見をグループ化する(親和図法)など、簡単な方法で整理・分類すると傾向が見えやすくなります。Excelやクラウドスプレッドシートなどを使って、以下のようなシートを作るとわかりやすいでしょう。
課題 | 原因・背景 | 担当者が提案する 改善アイデア |
影響度 | 難易度 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
月末レポート作成が属人化 | Aさんしか書き方を知らない | レポートテンプレート化 + 手順書整備 | 大 | 中 | Aさん多忙で更新進まず |
システムXへのデータ入力ミスが多い | 画面が分かりにくい。入力項目が多い。確認作業も目視のみ。 | UIの問題。チェック機能不足。 | 中 | 高(システム改修)/ 低(体制) | まずはチェック体制から検討? |
このように可視化しておくと、後の「優先度付け」や「改善計画の立案」がスムーズに進みます。特に中小企業では、時間と人材が限られるため、どの課題から着手するかという判断が重要です。
最後に、ヒアリング結果を担当者や関連部署にフィードバックし、まとめた課題一覧や改善アイデアの妥当性を確認します。フィードバックは、まずヒアリングへの協力に感謝を伝え、客観的な事実(観察結果やデータ)とヒアリング内容を整理して提示し、認識のずれがないかを確認します。現場が「自分たちの意見がちゃんと反映されている」「正しくまとめられている」と感じられれば、改善策実行に向けた合意形成が得やすくなります。
ポイント:
この合意形成ステップを経ることで、担当者も「自分が積極的に参加した改善」としてモチベーションが高まり、現実的な推進力が期待できるでしょう。
ヒアリングで収集した情報をどう分析し、どのように行動につなげるかが、実際の業務改善の成否を左右します。中小企業では特に、リソース(時間・人材・予算)が限られている ため、全ての課題を一度に解決するのは不可能です。優先度を決め、段階的に取り組むのが現実的です。
先ほどの課題一覧をもとに、以下のような2軸(インパクト × 難易度)でマッピングすると、どれから着手すべきかが見えやすくなります。
「インパクト高・難易度低」の課題は “Quick Win” と呼ばれ、まず優先的に取り組むと、成功体験を得やすく組織のモチベーションが上がります。(例:頻繁に使うファイルへのショートカット作成、チェックリストの導入)一方、「インパクト高・難易度高」の課題は中長期プロジェクトとして段階的に計画し(例:基幹システムの刷新)、「インパクト低・難易度低」は余裕のあるタイミングでスモールタスクとして片付ける(例:書類のファイル名命名規則の統一)、といった判断が可能になります。「インパクト低・難易度高」は、費用対効果を再検討する必要があるかもしれません。
ヒアリング結果の表面的な課題をそのまま対策しても、根本的な原因が別にある場合には問題解決にならない可能性があります。「なぜ、そうなっているのか?」 を繰り返し問いかける Why型の分析(有名なのは「なぜなぜ分析」)で、原因の原因を突き止めましょう。最低5回は「なぜ?」を繰り返すと本質に近づきやすいと言われています。
例:
こうした分析により、表面的には「チェック体制を強化しよう」という対策だけでなく、「システム改修(チェック機能追加)」や、さらに根本的な「システム導入時の要件定義プロセス見直し(現場参加の必須化)」といった解決策にたどり着ける可能性があります。
優先度と原因分析を踏まえたうえで、具体的な改善策をプロジェクト化するステップが必要です。
中小企業では、優先度の高いプロジェクトでも担当者が別業務で手一杯の場合が多く、改善の実行が後回しになりがちです。経営陣や管理職がコミットし、一定のリソースを確保する姿勢を示すことが成功のカギとなります。
ここでは、実際にヒアリングを進める中で発生しがちな課題例と対処策をいくつか挙げておきます。
業務ヒアリングは、“現場の声を聞く” という非常にシンプルなアプローチに思えますが、属人化したノウハウや潜在的な課題を洗い出し、より現実的かつ効果的な改善施策へ導くための強力な手法です。ヒアリングを通じて得られるリアルな情報 が、業務一覧表や手順書、マニュアル、ナレッジマネジメントの精度を高め、さらにオペレーショナルエクセレンス(OE)を推進する土台にもなります。
ただし、ヒアリングは目的を明確にし、質問や対象の選定を練り、傾聴と観察を組み合わせ、結果を分析し、合意形成を行う という一連のプロセスを丁寧に踏まないと、単なる雑談や愚痴大会で終わってしまう可能性もあります。限られたリソースの中で大きな効果を得るためにも、計画的かつ柔軟にヒアリングを実施し、組織全体の改善につなげましょう。
現場の声こそが、改善の宝の山です。
次回は、「マネジメントサイクル(PDCAやOODAなど)を用いた業務改善推進手法」 を紹介します。ヒアリングを通じて得た課題やデータを、どのように継続的な業務改善サイクルに組み込んでいくかを学ぶことで、日々の業務プロセス最適化がより効果的かつ持続的なものになるはずです。ヒアリングで得たインプットを、具体的なアクションと成果に繋げる方法論です。
もし、業務ヒアリングをどう実施すべきかわからない、属人化が進んでしまっている現場から本音を引き出したい、ヒアリング結果を具体的な改善計画に落とし込めない、といったお悩みをお持ちでしたら、エスポイントまでお気軽にお問い合わせください。 貴社の状況に合わせたヒアリング計画や質問設計、実施支援、改善策の立案・合意形成に至るまでトータルでサポートいたします。
本シリーズの全体構成や他の関連記事は「業務プロセス最適化ガイド|全15ステップで基礎から応用まで」で確認できます。
業務ヒアリング質問リスト
→ インタビューの際に使えるサンプル質問を網羅。オープン質問とクローズド質問をバランスよく取り入れた構成で、新人ヒアリングからベテランへの深掘りインタビューまでカバーしています。
ヒアリング結果整理シート
→ 課題名・ヒアリング対象者・現場での主なコメント・考えられる原因・改善アイデアなどをまとめられるテンプレート。インパクトと難易度評価の欄をつけてあるので、すぐに優先度付けが可能です。
*テンプレートのPDF内にGoogle Spreadsheetのリンクがあります。適宜コピーの上ご活用ください。