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第3回 財務・法務デューデリジェンス・ファイナンシャルアドバイザーの役割と限界

財務・法務デューデリジェンス担当の役割と限界

M&Aの成功に不可欠とされるデューデリジェンス(DD)。専門家が財務や法務のリスクを徹底的に調査してくれるため、「DDさえ実施すれば安心」と考えがちです。しかし、現実はそれほど単純ではありません。DD報告書で「重大な問題なし」とされても、将来の事業環境の変化に対応できなかったり、見過ごされた組織文化のミスマッチが原因で統合後に苦労したりするケースは後を絶たないのです。

DD担当の専門家が調査できる範囲には限界があり、彼らの報告書に現れないリスクも存在します。本記事では、社会福祉法人のM&Aで特に重要な財務DD・法務DDについて、「何がわかり」「何が見えないのか」その限界を明確にします。さらに、DD報告書に現れないリスクへの対処法、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)をどう活用すべきか、そしてDD結果を踏まえた実践的なチェックリストもご紹介します。

この記事を読めば、DDとFAの『守備範囲』を正確に理解し、専門家の力を借りつつも、最終的な経営判断を自信を持って下すための『羅針盤』と『実践的な武器(チェックリスト)』を手に入れることができます。 M&Aという重要な決断で後悔しないために、ぜひ最後までお読みください。

想定読者:

  • 社会福祉法人の経営者や役員で、初めてM&Aに取り組もうとしている方
  • 財務・法務デューデリジェンス(DD)について基本的な知識を身につけたい実務担当者
  • DD報告書を読み解き、適切な経営判断に結びつける方法を具体的に知りたい担当者

ゴール:

  • 財務・法務DDが具体的にどのようなリスクを把握できるのか、逆に把握できない範囲はどこかを明確に理解する
  • DD報告書に記載されない「将来の事業予測」「組織文化」「人材リスク」など、買い手自身が判断すべきポイントについて把握する
  • ファイナンシャル・アドバイザー(FA)の役割と限界を理解し、DD報告書やFAの支援を鵜呑みにせず主体的に判断できるようになる
  • DD報告書から得られる情報を効果的に活用し、自法人内で検討すべきポイントを整理・点検するための実践的なチェックリストを活用できるようになる

目次

  1. 【財務・法務DD】専門家は何を調査し、何を見抜けないのか?(役割と限界)
  2. 【DD報告書の死角】報告書に「書かれない」リスクと自己判断の重要性
  3. 【FA活用術】財務アドバイザーに頼れる範囲と注意点
  4. 【実践チェックリスト】DD結果から「最終判断」を導き出す5つのステップ
  5. まとめ


1.【財務・法務DD】専門家は何を調査し、何を見抜けないのか?(役割と限界)

デューデリジェンス(DD)とは、買収対象の企業や事業について事前に詳しく調査し、隠れたリスクや適正な価値を確認するプロセスです 。調査分野は財務・法務・税務・事業(ビジネス)など多岐にわたります が、ここでは財務DDと法務DDに絞って、その担当者が主にどんな役割を果たし、どこに限界があるのかを見ていきましょう。

財務DDの役割と調査範囲

財務デューデリジェンス(財務DD)は、その名のとおり対象会社の財務面を専門家(公認会計士や税理士など)が詳細に調べるものです 。具体的には、過去の財務諸表(貸借対照表や損益計算書など)や帳簿を丹念に分析し、企業の実態財政状態や収益力を把握します。「実態財政状態」とは、決算書上の数字を鵜呑みにせず、粉飾やミスがないか洗い出し、簿外債務(帳簿に現れていない隠れた負債)や過大計上された資産などを調整して算出する本当の財産額のことです 。財務DD担当者は、こうした過去の財務データから潜在的な財務リスクを見つけ出す役割を担っています 。例えば、「売上債権(売掛金)に回収不能なおそれのあるものが紛れていないか?」「在庫に過大評価されたものはないか?」「帳簿外に借金や債務保証が隠れていないか?」といったポイントをチェックし、問題があれば調整します。過去数年間の損益推移を分析して収益性の傾向を確認し、将来の事業計画の妥当性も検討します 。つまり「過去から現在」の数字をもとに企業の健康診断を行うイメージです。

しかし財務DDには明確な限界もあります。最大のポイントは、財務DDが基本的に「過去の数字の分析」に立脚しているということです 。過去の業績データから将来を予測することはできますが、未来の業績そのものを保証することはできません。 財務DDの報告書では、対象会社の正常な収益力(イレギュラーを除いた本来の稼ぐ力)を算定したりしますが、その際もM&Aによるシナジー効果(買収による収益アップやコスト削減効果)や将来の成長性は含めずに評価するのが通常です 。これは財務DDがあくまで対象会社単体の現在地を把握する作業であり、買収後に買い手側にもたらされるプラス要素は別途検討すべきだという考えによります。

また、財務DDは短期間(一般に2~3週間程度)で集中して行われる調査です。そのため時間や提供資料に限りがある中、調査範囲から漏れた事項まではカバーできないという現実的な制約もあります。限られた期間で効率よく行う必要があるため、重要度の高い項目に優先順位をつけて調べますが、それでも時間不足や情報不足によって見逃されるリスクはゼロではありません 。したがって、財務DDの担当者が「問題なし」と判断した項目でも、100%安心せず、後述するように自社として再確認や追加検討が必要な場合があります。

法務DDの役割と調査範囲

法務デューデリジェンス(法務DD)は、弁護士など法律の専門家が対象会社の法務面を調査するものです 。こちらは会社を取り巻く法律上のリスク全般を洗い出すことが目的で、調査内容は多岐にわたります。主な項目としては、対象会社が結んでいる各種契約書の内容チェック(不利な条項がないか、解除権が発生しないか等)、会社が保有する許認可や行政からの認可の状況確認、現在進行中または潜在的な訴訟・紛争の有無、知的財産(特許や商標)の権利関係、重要な資産や負債に係る法的権利関係の確認、労務面で問題となりうる雇用契約や労使トラブルの有無、などが挙げられます

特に社会福祉法人のM&Aにおいては、事業を継続するための行政からの許可の承継が重要です。法務DDでは、買収後も必要な許認可がちゃんと新法人に引き継げるか(合併や事業譲渡のスキーム選択によって承継可否が変わります)、契約先との取引条件に変更が生じないか、といった点を重点的に調べます 。例えば、社会福祉法人は法律上「他の社会福祉法人としか合併できない」決まりがあり 、一般企業とは合併できません。そのため合併ではなく事業譲渡など別の方法を取る場合がありますが、その場合にも行政の許可や認可手続きが必要となるので、そうした法的手続き上のポイントも法務DDの段階で確認されます。

法務DDの限界も財務DD同様に存在します。法務DD担当者は提出された契約書や資料、聞き取りなどからリスクを洗い出しますが、提供資料にない事項までは把握できません。 つまり、対象会社側が意図的に隠している情報や、書類に残っていない社内の問題(例えばハラスメントの風土など)は、法務DDでは見つけられない可能性があります。

またコンプライアンス(法令順守)の実効性といった企業文化面も、短期間の書面調査では評価が難しい部分です。法務DD報告書には調査事項ごとに判明した法的リスクが列挙されますが、「この会社は安全かどうか」といった最終判断は書かれていないのが通常です(後述しますが、DD報告書はリスク事項の報告が主で、買うかどうかの結論までは示してくれないのです )。従って、法務DDで大きな問題が見当たらなかった場合でも、「本当に大丈夫かな?見えない地雷はないかな?」という視点で経営者自身がリスクをゼロベースで考える姿勢が求められます。

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図1: 財務・法務DDの調査範囲と自己判断が必要な領域のイメージ
*クリックして拡大

図では、左側に財務DD・法務DDでカバーされる主な項目(過去の財務データや契約・許認可の確認など)、右側に買い手自身が検討すべき項目(将来の収益予測や組織文化の適合性など)が示されています。この図が示す重要な点は、DDはあくまで『過去から現在』のリスク評価が中心であり、『未来』に関する判断や数値化しにくい定性的な要素は、経営者自身が責任を持って評価する必要があるということです。 本図を参考に、「何がDDで分かり、何が自分たちで判断すべきか」を整理してみましょう。


2.【DD報告書の死角】報告書に「書かれない」リスクと自己判断の重要性

ここまで見たように、財務DD・法務DDによって多くの重要事項が調査されます。しかし、DD報告書に書かれた内容だけですべてのリスクが網羅されるわけではありません。 言い換えれば、DDの専門家が調査・報告してくれる事項以外にも、買い手である自社自身が注意すべきポイントや判断を下すべきテーマが存在します。このセクションでは、DD報告書に載らない(または簡単な記述に留まる)代表的なリスクや事項を挙げてみます。

将来の収益予測や事業計画の妥当性

DD報告書は基本的に「現在判明している事実とリスクの指摘」に焦点が当たります。そのため、将来の業績予測については詳しく書かれません。財務DDでは事業計画の整合性チェックこそ行いますが 、「将来〇〇の理由で売上○%成長する」といった具体的な予測や保証はDD報告書には記載されないのが通常です。将来の収益性や成長性については、DDで得た現在までの数字や業界動向の情報を材料に、買い手自身が事業計画をシミュレーションして判断する必要があります。「もし景気が悪化したら計画は耐えられるか」「統合後にどんな投資が必要か」など、未来志向の検討は経営者の腕の見せ所です。

コンプライアンス体制や企業文化の問題

法務DDで法令違反や訴訟リスクの有無はチェックできますが、企業のコンプライアンス体制の実効性までは評価しきれないことがあります。例えば、「社内のルールは整備されているが現場で形骸化していないか」「内部通報制度は機能しているか」「ハラスメントや不正が起きにくい企業風土か」などは数字や書類だけでは掴みにくい点です。これらはDD報告書に詳細は書かれませんが、買収後に経営を引き継ぐ上で非常に重要なリスク要因です。買い手側は対象法人の職員ヒアリングや風評のリサーチなども活用し、企業文化上の課題がないか独自に判断する必要があります。

例えば、ある法人では、DD報告書上は問題がなくても、買収後に「現場の意見がトップに届きにくい」「部署間の連携が悪い」といった組織風土の問題が露呈し、職員のモチベーション低下やサービス品質のばらつきに繋がったケースがありました。仮に大きな問題が潜んでいて買収後に発覚した場合、そのリスクや損失は基本的に買い手である自社が負うことになるからです 。DD段階で表面化しないリスクも織り込んで、最悪のケースを想定した上で意思決定する慎重さが求められます。

人材の流出リスクや組織の適合性

M&Aでは「人」の要素も見逃せません。特に社会福祉法人のように人のサービスが肝心な組織では、職員や役職員のモチベーションや定着が事業の成否を左右します。ところが、人事デューデリジェンス(人事DD 第5回で解説)でも行わない限り、キーマンとなる職員が買収後に離職しないかといったリスクの深掘りは難しいのが実情です。DD報告書に「人材流出リスク」などと明記されるケースは稀でしょう。

しかし、買収後に重要な職員が大量退職してしまえば事業継続に支障が出ます。このため、買い手側で独自に従業員の雇用継続意向の確認や、待遇・処遇の検討、統合後の組織文化の融合策などを考えておく必要があります。また対象法人の現場職員の声(不満がないか、労働環境に課題はないか)にも耳を傾け、必要に応じて労務面の対策を講じることも大切です。これら人に関わるリスクは数字には表れにくいですが、経営者の洞察力で補って判断する領域と言えます。

DD報告書の「結論」は自分で下す必要がある

ここで改めて強調したいのは、DD報告書そのものには最終的な結論(買収すべきか否か)は書かれていないという点です。財務DD報告書も法務DD報告書も、それぞれの専門分野の調査結果として「発見されたリスクや問題点の一覧」が記載される形が一般的です 。例えば財務DD報告書なら「在庫評価に△△の懸念あり」「想定外の簿外負債なし」等、法務DD報告書なら「主要契約について変更条項なし」「係争中の訴訟1件あり」等が書かれます。

しかし、それらを総合して「ではこの会社を買うべきか?」の判断はあくまで買い手である皆さん自身に委ねられています。DD担当者はリスクを指摘してくれますが、最終的な意思決定まで肩代わりはしてくれません。裏を返せば、DD報告書に書いていない事項(前述の将来性や文化の相性、人材のことなど)は経営判断として自社で考慮に入れて総合判断する必要があるということです。

以上のように、DD報告書には主に過去から現在にかけて判明したリスクが示されますが、未来に関する不確実な要素や経営判断事項は記載されないことを心得ましょう。DDの結果は非常に重要な判断材料ですが、「最後のピースを埋める」のは経営者自身である点を忘れないでください。


3.【FA活用術】財務アドバイザーに頼れる範囲と注意点

M&Aを進めるにあたり、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)と呼ばれる専門家にサポートを依頼するケースがあります。FAとは、企業の財務アドバイザーとしてM&Aの一連のプロセスを支援する専門家で、仲介会社(両当事者の間に立つブローカー)とは異なり、買い手または売り手のどちらか一方に立って助言を行うのが特徴です。

一般にM&Aの場面では、案件のマッチングから手法の選択、条件交渉、デューデリジェンス対応、企業価値の評価(バリュエーション)、契約書の締結準備、クロージング(手続完了)まで、やるべきことが多岐にわたります。初めてM&Aに臨む法人がこれらを全て自力で進めるのは難しく、多くの場合、FAなどの専門家が中心的な支援役となります。社会福祉法人のM&Aでも、規模が大きい案件や複雑な案件ではFAのサポートを受けることで安心感が得られるでしょう。

FAの具体的な支援業務

財務の専門家であるFAは、その名のとおり財務面での各種アドバイスを行います。典型的な業務の一つが企業価値評価(バリュエーション)です。買収対象法人の事業計画や過去の実績をもとに、将来の収益を予測して適正な譲渡価格の算定をサポートします。これは財務DDの結果を踏まえつつ、買い手側にとって無理のない投資額はいくらか、逆に売り手側にとって納得できる価格とのバランスはどうか、といった交渉の土台になる重要な分析です。

加えて、必要に応じて資金調達の提案も行います。例えば買収資金を金融機関から借り入れる場合に、負担の少ない融資プランを検討したり、銀行との交渉材料となる財務シミュレーションを作成したりします。社会福祉法人は営利企業ではないものの、借入金で資産を取得することも可能です。FAは財務モデルを作成し、買収後の収支シミュレーション(将来の収入・支出やキャッシュフローの見通し)を立てて、買収による法人全体の財務影響を数値で示してくれます。こうしたシミュレーションにより、買収後も財務健全性が保たれるか、追加でどの程度の収益改善が必要か、といったポイントが明確になります。

FAによる交渉戦略支援

また、FAは交渉の戦略立案や手続き面でのマネジメントも担います。仲介会社が主に双方の橋渡し役であるのに対し、FAは依頼者(買い手または売り手)の利益を最大化するために動きます。具体的には、基本合意書の取り交わし段階でどのような条件を盛り込むべきか助言したり、相手方の提示条件に対してデータに基づく反論材料を提供したりします。

買い手側のFAであれば「提示価格が高すぎないか」「将来の設備投資も織り込んで価格交渉すべき」といった観点でアドバイスし、売り手側のFAであれば「提示条件で自法人の職員や利用者に不利益が出ないか」を検証して代替案を提案する、といった具合です。条件交渉が難航しそうな場合には、落としどころのシミュレーションも行い、依頼者が意思決定しやすい材料を提供するのもFAの役割です。

FAの限界と活用上の注意点

このようにFAは心強いパートナーですが、その役割にも限界がある点を知っておきましょう。

まず、FAはあくまで助言者であり最終意思決定者ではないということです。当たり前に聞こえるかもしれませんが、FAが作成した評価レポートやシミュレーションも一つの参考資料に過ぎません。最終的に「その価格で買収するか」「リスクを取るかどうか」を決めるのは法人自身です。FAの分析結果に頼りすぎてしまい、自法人の経営理念や現場感覚から乖離した決定を下さないよう注意が必要です。例えば、シミュレーション上は成立する計画でも、現場の職員の受け入れ態勢や地域との調整に無理があると感じるなら、その懸念は経営判断に反映すべきです。数字だけでは測れない部分は経営者の勘所になります。

次に、FAの提示するスキームや提案にも前提条件や不確実性があることを理解しましょう。企業価値評価は前提とする将来予測次第で結果が大きく変わりますし、シミュレーションも入力する仮定(利用者数の伸び率や職員の人件費増加率など)によっては楽観的にも悲観的にもなり得ます。FAは市場動向や財務データに基づいて合理的な仮定を置くものの、そのシナリオが絶対に当たる保証はありません。したがって、FAから提示された計画に対しては「前提が変わればどうなるか?」を法人側でも検討する姿勢が重要です。場合によっては、FAのモデルとは別に自社でもシミュレーションを作成してみることで理解が深まるでしょう。

さらに、FAとの契約形態にも留意が必要です。一般にFAは成功報酬型(M&A成立時に報酬支払い)で契約することが多いですが、その場合成立させること自体が目的化してしまうリスクがあります。依頼する法人側も主体性を持って「本当にこの条件で進めるべきか?」を都度判断することが肝要です。また、買い手・売り手双方がそれぞれFAを付けているケースでは、お互い専門家同士が譲らず交渉に時間がかかったり破談したりする可能性があるとも言われます。スムーズな合意形成には経営トップ同士の信頼関係も不可欠であり、最後は人と人との話し合いである点を忘れないようにしましょう。

FAとの適切な付き合い方

まとめると、FAは財務や交渉のプロフェッショナルとして多方面で頼れる存在ですが、「情報と選択肢を提供してもらう相棒」くらいの位置づけで接するのが適切です。意思決定そのものは自社で行うという軸をぶらさずに、FAの知見を最大限活用するようにしましょう。

以下の図2は、財務・法務デューデリジェンスとFA(ファイナンシャルアドバイザー)の役割を比較し、それぞれの限界を整理したものです。DDは主に対象法人の現状把握とリスクの洗い出しを行い、FAはその情報を基に価値評価や条件交渉のサポートを行う点で役割が異なります。この図のポイントは、DDが『診断医』、FAが『治療方針を提案する専門医』のような役割分担であり、最終的に治療(M&A実行)を決断するのは『患者(法人自身)』である、という関係性を理解することです。 また、図の下部には両者の限界として、DDでは将来予測がカバーしきれないこと、FAでは提示情報の前提条件に注意が必要なことを示しています。

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図2:財務・法務デューデリジェンスとFA(ファイナンシャルアドバイザー)の主な役割比較


4.【実践チェックリスト】DD結果から「最終判断」を導き出す5つのステップ

それでは、実際に財務・法務DDの報告書を受け取った後、買い手側の皆さんがどのような点をチェックし、判断を進めていけばよいか、実務的なポイントをチェックリスト形式で整理してみましょう。初めてM&Aに臨む社会福祉法人の担当者でも取り組みやすいよう、具体的な項目を挙げています。

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① DD報告書の内容を社内で共有し重要ポイントをリストアップする: まず財務DD・法務DDそれぞれの報告書を関係者でよく読み、指摘されたリスクや懸念点をピックアップしましょう。専門用語があれば顧問の会計士・弁護士に質問し、リスクの重大度を理解します。報告書には全体の結論は書かれないため 、経営会議などで「指摘事項のどれが致命的リスクか?許容できる範囲か?」を話し合うことが重要です。

② 指摘リスクへの対応策を検討する: DDで指摘された問題ごとに、具体的な対応策や条件を検討します。例えば「簿外債務(帳簿に現れていない隠れた負債)の可能性あり」と報告されたら、買収契約でその債務が発覚した場合の保証条項(表明保証条項:売り手が買い手に対し、特定の事実が真実であることを保証する契約条項)や価格調整条項を入れる、といった対策です。また「許認可承継に不透明な点あり」との指摘には、事前に所轄庁に確認を取る、完了までクロージング(M&A取引の最終的な決済・実行手続き)を延期するなどの対応を計画します (厚労省の公開するマニュアルにも手続き上の留意点が整理されています )。一つ一つのリスクに対し、「回避・低減するには何をすべきか?」を社内外の専門家と協議しましょう。

③ DD報告書に書かれていない事項もチェックする: 前章で述べたとおり、DD報告書に載っていない将来の事業見通しや組織面の事項についても、自社でチェックリストを作って検討します。

【将来収益性】将来の収支予測はどうか?複数シナリオ(楽観・標準・悲観など)でシミュレーションする。特に、利用者数の変動や制度改正の影響をどう織り込むか?

【シナジー効果】買収後に見込む収益アップ策(例:サービス連携、共同購入によるコスト削減)は具体的か?過度に楽観的な計画になっていないか検証する。実現までの期間と必要な投資額は?

【人材・組織】対象法人の役職員に面談し、懸念や不安の声がないか確認する。特にキーパーソン(施設長、部門リーダーなど)の意向は? 必要に応じて雇用継続の意思確認や処遇改善策(給与体系、福利厚生、研修機会など)を検討する。

こうしたチェック項目をリストアップして漏れなく検証する作業が肝心です。中小企業庁(経産省)の提供する「事業承継等事前調査チェックシート」では、財務DD・法務DDそれぞれに調査すべき項目を網羅的にチェックできるようになっており、十分なDDが行われたか確認する仕組みがあります 。自社独自のチェックリスト作成に迷う場合は、こうした公的なチェックシートも参考になります。

④ 関係者(専門家や行政含む)と追加確認する: DD報告書を読んで疑問に思った点、もっと詳しく知りたい点があれば、遠慮せずDDを実施した専門家に質問しましょう。「このリスクは具体的にどの程度の金額インパクトがありますか?」「何か対策は考えられますか?」といった質問に答えてもらうことで意思決定の精度が上がります。

また、社会福祉法人特有の事項(補助金で取得した資産の取扱いや所轄庁への届出事項など)は、所轄庁や専門機関にも確認しておくと安心です。例えば、対象法人が国や自治体から補助金を受けて整備した施設を事業譲渡する場合、厚生労働大臣等の承認が必要で、交付された補助金相当額を国庫に返納する条件が付くことがあります 。こうした制度面のリスクは法務DD報告書に簡潔に触れられる程度かもしれませんが、買い手として具体的な手続きや費用見積もりまで踏み込んで確認しておくべきです。必要に応じて所轄の厚労省部局や専門の弁護士・会計士に相談し、「知らなかった!」を無くす努力をしましょう。

 ⑤ 最終判断と社内説明の準備をする: 全ての情報と検討を踏まえ、いよいよ買収実行の最終判断を下します。ここで大事なのは、意思決定の理由を明確にすることです。「DDで◯◯と◯◯のリスクが判明したが、□□の対策により許容可能と判断」「将来シナジー効果で△△の増収が見込め、リスクを上回るリターンが期待できるため実行」など、判断根拠を整理して文書化しましょう。

社会福祉法人の場合、理事会や評議員会への説明責任がありますので、DD結果とそれへの対応策、自社としての判断をまとめた資料を用意します。これは万一将来思わぬ事態が起きた際の振り返り材料にもなりますし、関係者の理解を得るプロセスとしても有益です。最後は経営トップである理事長や役員が腹を括って決断することになりますが、その決断を支えるのは徹底したDDと入念な自主チェックの積み重ねです。

以上のチェックリストは一例ですが、「DDで何がわかり、何を自分たちで補うべきか」を意識しながら順序立てて進めることで、初めてのM&Aでも見落としを防ぎやすくなります。


5.まとめ

今回は、社会福祉法人の経営者や担当者の方向けに財務DD・法務DDの役割と限界について解説しました。重要なポイントを振り返ってみましょう。

  • 財務DDは主に過去の財務データから潜在リスクを洗い出す作業であり、隠れ負債の発見や実態財政状態の把握といった重要な役割を果たします 。一方で将来の業績そのものを保証するものではなく、過去データの分析には限界があることに注意が必要です。
  • 法務DDは契約や許認可、訴訟リスクなど法律面のチェックを通じて重大な法的リスクの有無を調べます 。しかし、企業文化やコンプライアンス風土といった部分まではカバーできないため、最終的な安心感は経営者自身の目でも確かめる姿勢が求められます。
  • DD報告書に書かれていない事項として、将来の事業計画の妥当性、買収後のシナジー効果、組織文化や人材面の課題などが挙げられます。これらはDD担当者ではなく買い手側の経営者が自ら判断すべき領域です。DD報告書はリスクの「健康診断書」のようなものと捉え、最終的な投資判断は自社内で下す心構えが重要です。
  • DD結果を踏まえたチェックリストを活用し、リスク対応策の検討や見落とし事項の自主点検、専門家・行政への追加確認などを系統立てて行いましょう。公的機関(厚生労働省や中小企業庁)のガイドラインやチェックシート も参考になります。

社会福祉法人のM&Aは一般企業とは異なる規制や手続きも多く、不安も大きいかもしれません。しかし、厚生労働省も「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」を策定しポイントを整理するなど、公的な支援情報が整備されつつあります 。DDやFAは、M&Aという航海における信頼できる『海図』や『航海士』のようなものです。しかし、最終的にどの港を目指し、どのルートを進むかを決める『船長』は、経営者である皆さん自身です。 ぜひ信頼できる専門家の力も借りながら、DDで得られる情報と自社の総合判断力をフルに活用して、安全で納得感のあるM&Aを進めてください。本記事の内容が、その羅針盤として、また具体的な行動を後押しする一助となれば幸いです。

次回記事「第4回 設備・土地評価の重要性と詳細調査ポイント」では、設備・土地評価の重要性と詳細調査ポイントを解説していく予定です。本シリーズの全体像や他の関連テーマについては、ぜひ【社会福祉法人のM&Aにおける役割分担の全体像 記事シリーズ】をご覧ください。


参考リンク 

  • 厚生労働省 社会・援護局社会福祉法人の合併・事業譲渡等マニュアル」(令和6年改訂版)
    – 社会福祉法人間の合併や事業譲渡手続きについて解説したマニュアル
  • 経済産業省 中小企業庁中小M&Aガイドライン
    – 中小企業M&Aにおける仲介者の役割や手数料の考え方、トラブル防止策などをまとめた指針(2020年策定、2024年改訂)
  • 経済産業省 中小企業庁中小PMIガイドライン
    - 中小企業がM&A成立後の統合作業(PMI:Post Merger Integration)を円滑に進めるための実務的なプロセスや留意点を整理した指針(2022年策定)。M&A後の事業運営や組織融合におけるトラブル防止、シナジー効果創出に向けた取り組みを具体的に解説。
  • 厚生労働省医政局委託調査医療施設の合併・事業譲渡に係る調査研究報告書(令和2年)
    – 医療法人や社会福祉法人のM&A事例調査。デューデリジェンスの外部委託状況等についても分析 
  • エスポイント合同会社社会福祉法人M&Aの基本と一般企業M&Aとの違い
    – 社会福祉法人特有のM&A留意点をまとめた記事。
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