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2. 社会福祉法人M&Aの基本と一般企業M&Aとの違い

社会福祉法人M&Aの基本と一般企業M&Aとの違い

想定読者

  • 社会福祉法人の理事長・施設長・幹部スタッフで、「合併」や「事業譲渡」の具体的検討を進めようとしている、あるいは将来的に視野に入れたい方
  • 社会福祉法人M&Aの全体像を学びたい一方で、一般企業M&Aとの違いを明確に把握したい方
  • 行政・自治体、金融機関、法律・会計専門家(弁護士・税理士など)で、社会福祉法人特有の仕組みや公益性を踏まえたM&A支援の在り方を探っている方

ゴール

  • 社会福祉法人のM&A(合併・事業譲渡など)における基本的な構造と、株式会社M&Aとの根本的な違いを理解する
  • 「株式譲渡が存在しない」「財産規制と公益性が重視される」「行政認可や地域連携が必須になる」などの制度面の特徴を把握し、自法人または支援先に適用できる知識を得る
  • 前回シリーズ(一般M&A)で扱ったデューデリジェンスや契約交渉、PMI手法を社会福祉法人にも応用する際の留意点を把握し、さらに詳しく参照できるガイドを得る

社会福祉法人の世界にも「合併」や「事業譲渡」といった再編の動きが徐々に広がりつつあります。従来、M&Aは株式会社や投資ファンドなど営利法人の間で活発でしたが、高齢化社会の進展に伴う福祉ニーズの拡大や、後継者不在・人材不足などの構造的課題が深刻化するなかで、「社会福祉法人同士の統合で運営を強化する」「事業譲渡でサービスを継続する」といった選択肢が現実味を帯びてきたのです。

たとえば、地方で特別養護老人ホームや障がい者支援施設を運営している法人が、理事長の高齢化で後継者を見つけられない状況に陥った場合があります。一般的に後継者育成の余力がなく、財源も限られる中、廃業(施設閉鎖)となれば地域の利用者に大きな不利益が発生するでしょう。そこで、同じ地域にある別の大規模法人へ合併し、人材やノウハウを継承することでサービスを存続させるシナリオが非常に有用かもしれません。

しかし、社会福祉法人は株式会社のように株式を発行していないため、「株式譲渡」による買収という形態は取り得ません。合併や事業譲渡という形で事業を統合する際には、国や都道府県の認可が必須となり、また公益性を損なう行為(財産の私的流用など)は厳しく制限されます。これらの制度上の特徴を理解せずに「投資ファンドに買ってもらう」というような発想だけで突き進むと、手続が頓挫するか、行政から不許可を受けるリスクが高いです。

本記事(第2回)では、社会福祉法人M&Aの基本構造と、株式会社M&Aと比べた場合の大きな違いを掘り下げます。具体的には「株式がなく、財産規制が厳しい」「公益性・行政認可が欠かせない」というポイントを中心に解説し、厚生労働省が示している社会福祉法人運営管理指導要領社会福祉法人制度改革Q&Aなどの資料(参考:厚生労働「社会福祉法人制度改革関連情報」)を参照しつつ、どのように進めるのが望ましいかを概観します。

前回シリーズで取り上げたデューデリジェンス(DD)や契約交渉、PMIなどの一般理論については、必要に応じてそちらを参照していただく形を推奨します。社会福祉法人M&AでもDDやPMIは非常に重要ですが、その際に所轄庁の許認可手順福祉施設特有の利用者対応をどう盛り込むかが本シリーズでの焦点となります。
最終的には、地域福祉を守り、職員や利用者をしっかり支えながら組織を再編していくことが社会福祉法人のM&Aで目指すゴールの一つです。次の章からは、まず「社会福祉法人M&Aの定義や概要」、そして「株式会社M&Aとの違い」について整理しながら、何が一番大きなハードルとなるのかを明確にしていきましょう。

目次

  1. 社会福祉法人M&A定義概要
  2. 一般企業M&A大きな違い
  3. 株式譲渡ないこと・財産規制意味
  4. 公益行政報告責任
  5. 前回シリーズM&A一般)の参照ガイド
  6. まとめ

1. 社会福祉法人M&Aの定義と概要

1-1. 合併や事業譲渡で法人を統合・運営権を移転

“M&A”という言葉は、本来は「Merger and Acquisition(合併と買収)」を指しますが、社会福祉法人の場合、株式がないため「買収(Acquisition)」のスタイルが取りにくいのが実情です。代わりに、法人合併もしくは事業譲渡という形態で統合することになります。
たとえば、A法人とB法人が合併することで組織を一本化し、旧A法人の理事長が退任、旧B法人の幹部が新法人の理事長に就任するといった事例が考えられます。あるいは、A法人がB法人の特定施設(介護老人保健施設など)を事業譲渡で引き継ぎ、その施設を新法人名義で運営する形もあり得ます。いずれの場合も所轄庁(都道府県や厚生労働省など)の認可が絡むため、進め方が一般企業とは大きく異なります。

1-2. 経営や運営権の移転という本質

なぜ社会福祉法人M&Aが一般企業と同じ「M&A」と呼ばれるかといえば、経営の主体が移転し、組織の運営権を実質的に別の法人や新法人が握るという点は同じだからです。違いは「株主利益」を目的としないことであり、そのため合併や事業譲渡の狙いは後継者問題の解消サービス拡充専門人材の集約などが中心になります。このあたりの意義については、厚生労働省の「社会福祉法人におけるガバナンス強化」でも指摘があり、法人再編で経営の持続性を高める取り組みが奨励されつつあります。


2. 一般企業M&Aとの大きな違い

2.1合併戦略の比較

2-1. 利潤より公益性が最優先

株式会社M&Aでは投資家や株主にとってのリターンをどう最大化するかが焦点になりがちです。一方、社会福祉法人の場合は「地域の利用者に良質な福祉サービスを継続して提供する」という使命が最優先されます。統合後にリストラや事業縮小を行えば、地域や利用者に大きな弊害が生まれる可能性が高く、行政当局も認可を簡単に出してくれないでしょう。

この公益性をないがしろにすると、合併後の運営が住民や職員から強く反発され、かえって法人の信用を失うリスクがあるため、前回シリーズで述べた「PMIでコスト削減」とはやや異なるアプローチを取る必要があります。

2-2. 行政手続が煩雑で時間を要する

株式会社同士のM&Aなら、会社法に基づく合併手続や登記だけで済む場面もありますが、社会福祉法人では所轄庁の認可福祉施設ごとの指定(介護保険指定・障害福祉サービス指定など)の継承が複雑に絡んできます。行政との協議に数か月以上かかることも珍しくなく、書類不備や計画不透明だと更に遅延するリスクがあります。

また、厚生労働省や都道府県の方針次第で、合併後に補助金の扱いが変わる可能性もあるため、財務計画が一気に狂うケースも想定されます。そのため、専門家(弁護士・税理士・社会保険労務士など)や、福祉行政に詳しいコンサルタントと連携して手続きを進める必要が高いです。

2-3. 「経営権を売却」という概念がない

株式が存在しない以上、理事長や理事会が「法人を売って大金を得る」というイメージとは無縁です。むしろ、後継者難や財務基盤の脆弱さを解消し、利用者や職員を守るために合併や譲渡を行うのが主目的であり、「投資家が儲ける」「オーナーが利益を回収する」という構図ではありません。

その結果、交渉の焦点も売却価格や株式比率というよりは「サービスをどう維持・拡張するか」「職員をどう処遇するか」にフォーカスする場面が多くなります。


3. 株式譲渡がないこと・財産規制の意味

3-1. 社会福祉法人独自の財産管理

社会福祉法人には基本財産という概念があり、これらは公共性の高い資産として位置づけられています。施設や設備の売却・処分には厳しい制限がかかり、合併時も「新法人がその基本財産をどのように活用し続けるか」を行政に示さなければなりません。

さらに解散時には、残余財産を出資者個人に返すことは原則できず、他の社会福祉法人や公的機関に帰属させる規定が多いのです(社会福祉48参照)。そのため、オーナーが法人を売る=個人が利益を得るという構図は成立せず、営利を目的とした投資家が参入する動機は乏しいと言えます。

3-2. 財産処分や設備投資にも認可が必要

株式会社なら、新しい経営陣が買収後に不要な資産を売却して資金化する手法があり得ますが、社会福祉法人は財産処分に所轄庁の許可が必要です。これはM&A後の再編でも同様で、合併後に旧法人の施設を売却してキャッシュを得るような計画は、公益性を損ねる恐れがあるとして却下される可能性があります。

一方で、設備投資に関しては逆に行政が補助金を出すケースもあるため、統合後に新サービスを始めるなどの積極的プランを作れば、補助金や助成制度が利用できるメリットも考えられます。厚生労働省の社会福祉推進事業補助金など、該当する補助制度をリサーチしておくと良いでしょう。


4. 公益性と行政への報告責任

4-1. 社会福祉法人制度改革の影響

近年、厚生労働省は「社会福祉法人制度改革」を進め、ガバナンスの強化や財務情報の公開などを求める取り組みを行っています。たとえば、理事会のチェック機能や評議員会の運営がより厳格化され、経営の透明性が高まる方向です(参考資料:社会福祉法人制度改革Q&A)。

この改革のもとでは、法人合併や事業譲渡でも「理事会・評議員会での審議」「財務状況の開示」が一層重視されるため、事前準備が不足していると内部批判が起こりうるでしょう。外部監査人や第三者の視点を取り入れて透明性を確保することが、安全な統合を進めるカギです。

4-2. 継続的な行政モニタリング

社会福祉法人は、合併後も都道府県や市町村などの指導監査を定期的に受けることになります。特に施設運営や人員配置基準、利用者への処遇など、福祉サービスの品質が落ちていないかを行政が継続的にチェックします。もし合併を機にサービスが縮小されたり、補助金の不正利用が発覚すれば、認可を取り消されるリスクさえ否定できません。

株式会社M&Aでは、合併後の経営方針は基本的に経営陣の自由裁量ですが、社会福祉法人M&Aでは行政が統合後の計画に目を光らせているという点が大きな違いです。合併完了後も報告や監査対応を地道に続け、地域貢献を果たす姿勢が求められます。

4-3. 地域住民やNPOへの説明

社会福祉法人が運営する施設には、地域住民やボランティアが協力している事例が多く、合併や事業譲渡によって運営主体が変わると、「これまで通り活動に参加できるのか」「施設の名前や運営理念はどうなるのか」など、住民レベルでの不安が生じることがあります。

そのため、統合後も地域とのパイプを維持・強化する姿勢を明確に打ち出すことが大切です。具体的には、地元の自治会との連絡会議を定期開催する、ボランティア団体との協働イベントを拡充するなど、むしろ合併をきっかけに地域福祉の輪を広げる方策を提示すれば、周囲から歓迎される可能性が高まります。


5. 前回シリーズ(M&A一般)の参照ガイド

5-1. デューデリジェンス(DD)と契約の基本は共通

合併・事業譲渡を行う際、対象法人の財務状態や契約関係、法的リスクなどを精査するデューデリジェンス(DD)が重要なのは、社会福祉法人も一般企業も同様です。ただし、福祉法人では補助金の使途や職員の労務管理、自治体との委託契約の実績などをしっかり確認する必要があります。これらの点は前回シリーズのDD解説(4記事など)を基本としつつ、福祉施設特有の項目を追加してチェックリスト化するとよいでしょう。

また、契約段階では「合併契約書」「事業譲渡契約書」となり、表明保証や目的条項などは一般M&Aと共通項目がありますが、所轄庁の認可取得公益性確保に関わる特記事項を盛り込む必要があるため、前回シリーズの契約解説を活用しながら弁護士とともに補強していく形が望ましいです。

5-2. PMI(統合後管理)の特殊要件

統合後のPMI(Post Merger Integration)についても、職員の処遇や利用者家族への説明が焦点になるのは一般企業と似ていますが、社会福祉法人の場合、地域住民やボランティア・寄付者を含めたコミュニケーションがさらに重視される面があります。前回シリーズのPMI理論(7記事8記事など)を参照しつつ、ここに「行政監査」や「地域包括ケアとの整合性」といった追加の観点を組み合わせると、より確実なPMI計画を立てられます。


6. まとめ

社会福祉法人のM&A(合併・事業譲渡)は、「株式譲渡」という一般企業で定番の手法が使えない代わりに、法人同士の合併事業のみの譲渡によって経営主体を一本化するかたちが採られます。そこには財産規制公益性行政認可といった制限があり、一見すると株式会社M&Aよりもハードルが高いように見えますが、その分地域福祉を維持・強化できる可能性を秘めた戦略ともいえるでしょう。後継者不足の法人同士が統合し、専門スタッフを集約することで質の高いサービスを継続できる事例も出始めています。

本来、福祉サービスの現場は、人材確保や設備維持、地域住民への説明など多岐にわたる課題が山積みです。地方都市でも、高齢化のピークを迎える近い将来に備え、社会福祉法人が合併や事業譲渡を通じてパワーアップし、利用者満足度を高める動きが進む可能性があります。エスポイントでは、そうした法人再編にあたり、一般M&Aで培ったノウハウと地域福祉に関する専門視点を掛け合わせてサポートを提供しており、地域に根差した持続的経営を実現するお手伝いをしています。

次の記事「国や自治体の制度・認可・助成に関する詳細」では、こうした合併や譲渡を進めるうえで欠かせない国・自治体の認可手続や助成制度をさらに詳しく取り上げる予定です。所轄庁との協議をどう円滑化するか、補助金の継続や指定更新をどう扱うかなど、社会福祉法人特有の行政交渉ポイントを解説していきます。ぜひ引き続きご覧いただき、法人の将来像を形作るヒントにしていただければ幸いです。


本シリーズの全記事の概要は、社会福祉法人M&Aよりご覧いただけます。また、関連コンテンツは中小企業事業承継・M&A総合ガイドページからもご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。

地方では高齢化と地域支援の拡大が同時進行し、社会福祉法人の役割がますます重要になっています。エスポイントは、こうした法人の合併・事業譲渡をサポートし、公益性と経営効率を両立するためのご提案を行っています。後継者不足や財務的余力の限界など、単独では解決が難しい課題に対して、M&Aを含む総合的なアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。

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