想定読者 これまでの連載で部分的に記事を読んだものの、全体を俯瞰しながら課題別にどの回を参照すれば良いか知りたい社会福祉法人関係者...
1.社会福祉法人におけるM&Aの全体像と背景
想定読者
- 社会福祉法人の理事長や施設長、事務局長など、法人の経営・運営を担う幹部
- 地域包括ケアや高齢者・障がい者福祉に携わる社会福祉関係者で、法人の未来像を模索している方
- 社会福祉法人への合併や事業譲渡を検討中、またはその可能性を探っている行政・自治体関係者、専門家
ゴール
- 国が進める福祉政策の全体像や社会福祉法人が直面する現状課題を把握し、「なぜ社会福祉法人でもM&A(合併・事業譲渡等)が必要・有効となるのか」理解する
- 既存の仕組みで対処が難しい後継者問題や事業継続リスクに対して、M&Aが一つの具体策になり得る背景を知り、次の記事以降で具体的な解決策へ進む土台をつくる
社会福祉法人は、医療・介護・障がい者支援・児童福祉など多岐にわたる分野で、地域に不可欠な福祉サービスを担っています。しかし、少子高齢化や労働力不足、国の制度改革といった要因により、多くの法人が事業継続やサービス維持への危機感を抱えているのが現状です。さらに、後継者不在や組織運営の限界から、「このままでは地域の福祉ニーズに対応しきれない」と感じる法人も増えつつあります。
近年、一般企業のM&A(合併・買収)が活発化する中、「社会福祉法人にとっても合併や事業譲渡は有効な手段ではないか」という声が高まっています。確かに、法人が法人同士で合併して運営体制を一新すれば、より大きな法人として人材や資金を集めやすくなる可能性があります。あるいは事業譲渡を通じて後継者問題を解決し、サービスを継続できるメリットも考えられるでしょう。
とはいえ、社会福祉法人は公益性を重視し、行政との強い連携や特有の財産規制が存在するため、株式会社のM&Aとはまったく同じ手法がとれない面もあります。そこで本シリーズでは、社会福祉法人に焦点を当てて「合併・事業譲渡」といった手法がどのように活用できるのか、その際にどんな課題や行政手続きがあるのかを深く掘り下げます。
本記事(第1回)では、まず国の福祉政策や制度改革の方向性、そして社会福祉法人が直面する主な課題を整理することで、「なぜ今、社会福祉法人でもM&Aが注目されているのか」を解説していきます。なお、一般的なM&Aの手続やデューデリジェンス、契約書の基礎知識については、M&Aシリーズ(全8記事)で詳細に取り上げましたので、適宜そちらを参照してください。ここでは社会福祉法人特有の背景にフォーカスします。
目次
- 国の政策と社会福祉法人の立ち位置
- 厚生労働省の施策と地域包括ケアの推進
- 社会福祉法人が抱える主な課題
- 後継者不在と事業継続リスク
- 地域ニーズの多様化と法人の対応限界
- なぜM&Aが注目されるのか
- まとめ
1. 国の政策と社会福祉法人の立ち位置
少子高齢化と福祉需給ギャップの拡大
日本は少子高齢化が急速に進行しており、高齢者人口の割合は世界でもトップクラスに高い水準にあります。そのため、介護や福祉サービスの需要は伸び続けていますが、一方で担い手となる若年層・労働力が不足し、サービスの供給体制に歪みが生じています。社会福祉法人は、地域の高齢者や障がい者、児童などのケアを支える重要な柱として制度上も位置づけられており、国や自治体から補助金や優遇措置を得やすい主体です。
社会福祉法人の公益性と自主経営
社会福祉法人は、利潤分配を目的としない公益法人です。株式がなく、財産規制も厳しいため、一般企業のように自由に資金を動かせるわけではありません。その代わりに税制優遇や補助金を受けられ、地域住民への公益的な取組が義務付けられています。こうした制度的背景がある一方、「各法人が独自に運営し続けるには限界があるのでは」との指摘が近年強まっています。
政府・自治体との連携が不可欠
法人が新施設を立ち上げたり、機能を拡充したりする場合、主務官庁である厚生労働省や都道府県などの許可が欠かせません。また、介護保険事業や障害福祉サービスなど公費が絡むサービスでは、指定事業者の更新手続きや報酬体系に大きく左右される構造があります。つまり、社会福祉法人の運営は常に「国・自治体の政策方向」と表裏一体であり、経営判断が自由にならない面が株式会社よりも強く出ます。
2. 厚生労働省の施策と地域包括ケアの推進
地域包括ケアシステムの全体像
厚生労働省は「地域包括ケアシステム」の構築を標榜し、高齢者や障がい者が住み慣れた地域で安心して生活を続けられるよう、医療・介護・福祉・予防・住まいを一体的に整備する政策を進めています。介護保険法や障害者総合支援法などの改正を通じて、各地域でサービス拠点が連携する方向性が打ち出されており、そのなかで社会福祉法人は複数のサービスを統合的に展開することが期待されているのです。
多職種連携と法人の再編
地域包括ケアでは、多職種(医師、看護師、介護職、社会福祉士など)が横断的に連携する必要があり、複数の事業所が連携してひとりの利用者を支援するケースが日常的になってきます。そこで、単一の法人が単独でやっていくのが困難と感じる場合、他法人と合併して大規模化・多機能化を図る動きが一部で見られます。また、「医療法人と社会福祉法人が提携・統合し、医療と介護を一体的に展開する」構想も地方で進む可能性があります。
補助金・助成制度の拡大
特別養護老人ホームの増床や、在宅介護支援サービスの整備に伴う設備投資、施設改修などに対して、国や自治体から補助金や補助率優遇が受けられるケースがあります。法人合併や事業譲渡に伴って施設を改修する際にも、一定の要件を満たせば補助金対象となることがあるため、M&Aでの統合後に大幅リニューアルを検討する法人もあります。とはいえ、これらの補助や認可の条件が複雑なため、行政との協議が不可欠です。
3. 社会福祉法人が抱える主な課題
人材不足と労働環境
福祉業界全体が抱える大きな課題は、人材不足です。介護職員や相談員、看護師などの職種が足りず、また給与水準や労働環境が厳しいことから離職率が高いという構造的な問題があります。社会福祉法人の場合、独自に人事制度や福利厚生を整備する法人もありますが、収益体質が脆弱だったり、補助金の範囲内で人件費をやりくりしている場合、改善が難しいことが多いのです。
施設老朽化と財政的限界
建物や設備の老朽化が進んでも、資金調達の選択肢が限られ、必要な改修や設備投資が後回しになる法人も少なくありません。社会福祉法人は株式会社のように株式発行で資金調達ができず、銀行融資にも制約があるため、大規模な設備投資をする余力が少ないケースが多いです。そこで経営判断が遅れると、利用者満足度を下げる結果になりかねません。
公益性と経営効率の板挟み
社会福祉法人は、営利ではなく公益を目的とする建前上、利益を再投資しサービスを拡充することが望まれますが、実際には職員給与や設備維持費がかさみ、余剰がほとんど出ないという法人が多数です。「公益性があるから補助を受けるべき」と思っても、行政の財政状況や補助要件に合わず、思うようにいかないケースがある。こうした板挟み状態が続き、経営改善やサービス強化に踏み切れないまま、疲弊していく法人が見受けられます。
4. 後継者不在と事業継続リスク
理事長や幹部の高齢化
多くの社会福祉法人では、理事長が創業者または地域の有力者の家系などに属し、高齢化が進む中でも後継者が見当たらない状況がしばしば見られます。オーナー企業であれば株式を相続して事業を引き継ぐ選択がありますが、社会福祉法人には株式がありませんし、親族が必ずしも福祉業界に興味や専門性を持っているとは限りません。理事長が突然退任・逝去した場合、組織運営が一気に混乱しやすいのです。
経営ノウハウの断絶
福祉サービスは現場スタッフが中心と思われがちですが、実際の経営運営には資金繰り、補助金申請、行政との交渉、地域住民との調整など複雑なノウハウが必要です。理事長や事務局長が個人のつながりや経験でそれらを捌いてきた場合、後継者がいないとそのノウハウが一気に消失してしまいます。「法人として文書化されていない」「担当者が属人的に回してきた」という状況はM&A以前の問題として、非常にリスクが高いといえます。
M&Aで後継者難を解消するシナリオ
ここで合併や事業譲渡という形で、人的・ノウハウ面のサポートを有する他法人に経営を引き継ぐ選択肢が浮上します。たとえば、同じ業種・地域の法人が規模拡大を目指しているなら、「こちらは後継者不在、そちらは幹部が十分に育っている」というウィンウィンが成立するかもしれません。あるいは隣接する別地域の法人が事業譲渡を受け、利用者・職員ともども吸収し、支部のように運営を継続する形もあり得るでしょう。
5. 地域ニーズの多様化と法人の対応限界
高齢者福祉だけではない広がり
社会福祉法人というと高齢者施設が目立ちますが、実際には障がい者支援や児童養護施設、保育所など、多様な福祉サービスを展開するケースがあります。少子化の影響で保育ニーズが減る地域もあれば、逆に保育所が不足している地域もあるなど、地域ごとの状況は大きく異なります。また、外国人労働者への生活支援、生活困窮者向け事業など、新たな課題領域が増えてきました。
こうした多様なニーズに単独法人で対応するのが難しくなっている法人も少なくありません。「自法人が強みを持つ分野」と「他法人が得意とする分野」を統合することで、地域包括ケアに近い総合サービスを目指すシナリオが出てきます。
地域包括ケアシステムへの合流
国が推進する地域包括ケアシステムでは、医療・介護・福祉・予防・生活支援などの連携を一体的に進めるため、市町村単位で多様な事業所がネットワーク化される状況が増えています。ところが、中小規模の社会福祉法人だと「人的リソース不足」「行政対応のノウハウ不足」「財政余力の限界」により、この連携にきちんと参加できず埋没してしまうことがあるわけです。
そこで、大きめの法人同士が合併して規模を拡大する、または特定事業を事業譲渡して専門性を持つ法人に任せるといった選択が生まれれば、結果的に地域利用者がメリットを享受しやすくなる可能性が高いと考えられます。
6. なぜM&Aが注目されるのか
他の選択肢との比較
社会福祉法人が行き詰まったとき、選択肢としては「廃業(解散)」「新しい理事長を外部から招へい」「自治体に事業移管」「M&Aによる統合」などが挙げられます。廃業(解散)すれば、地域の利用者が困り、職員の雇用も失われてしまうため、あまり好ましい最終手段ではありません。自治体が直接引き継ぐというのも、自治体の予算制約や運営ノウハウの問題があり、すべてのケースで可能なわけではありません。
M&Aを選ぶことで、公益性やサービスの継続を維持しながらも、別法人の経営資源やノウハウ、人的リソースを活かせる道が開けるのです。単純な後継者探しよりも包括的に法人ごと引き継ぐため、効果が大きいと期待できます。
行政側も統合を歓迎する傾向
地方自治体や厚生労働省の観点では、弱小法人が散在してどこも経営難に陥るより、ある程度大規模で安定した法人が地域サービスを提供したほうが効率的、かつ品質を確保しやすいという見方があります。特別養護老人ホームの定員割れや、過剰なサービスの乱立が起きても、結局利用者満足度が上がらず財源が浪費されるおそれがあるため、行政としては法人統合や事業統合を促進する方向に傾きやすいのです。
さらに、国の施策である地域包括ケアシステムを円滑に実施するには、「複数の小法人がバラバラに動く」よりも、「一定規模の統合法人がサービスを包括的に提供する」ほうが把握・管理しやすいというメリットが行政にあります。
前回シリーズとの関連
前回シリーズ(全8回)では、一般的なM&Aの手順(DDや契約、PMIなど)を詳しく紹介しましたが、社会福祉法人においても「対象法人の実態調査(財務・人事・法務)」や「ポストM&A統合(PMI)の実行」は同様に重要です。ただし、本記事で述べた行政認可や公益性確保、職員と利用者への影響など、より特殊なプロセスが絡む点が大きく異なるといえます。「一般M&A理論+社会福祉法人の制度的視点」で検討するのが適切でしょう。
7. まとめ
本記事では、社会福祉法人におけるM&Aの背景として、国の福祉政策(地域包括ケアシステム)の推進や、法人の後継者不足・財政難・地域ニーズ多様化といった課題があることを概観しました。これらの事情により、合併や事業譲渡などの形で法人同士が結びつく動きが徐々に注目され始めています。
一方、社会福祉法人には株式会社M&Aとは異なる財産規制、認可手続き、公益性の担保といったハードルが存在し、そう簡単に話がまとまるわけではありません。だからこそ、地域に根ざしたサービスを維持しながらも、職員や利用者への責任を果たすには、行政や専門家との連携が欠かせないのです。
次回以降の記事では、社会福祉法人M&Aの具体的な制度・行政手続き、組織統合の実務などを順を追って解説していきます。ぜひ引き続きご覧いただき、福祉法人としての未来像を描く参考にしていただければ幸いです。
本シリーズの全記事の概要は、社会福祉法人M&Aよりご覧いただけます。また、関連コンテンツは中小企業事業承継・M&A総合ガイドページからもご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。
地方では高齢化と地域支援の拡大が同時進行し、社会福祉法人の役割がますます重要になっています。エスポイントは、こうした法人の合併・事業譲渡をサポートし、公益性と経営効率を両立するためのご提案を行っています。後継者不足や財務的余力の限界など、単独では解決が難しい課題に対して、M&Aを含む総合的なアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。