災害直後の今しかできないことがある。Google Workspaceの防災価値
2026年7月28日、熊本県熊本地方を震源とする地震が発生し、熊本県内で最大震度7を観測されました。この度の地震により被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。皆様の安全と、一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。
私は東日本大震災の際にGoogle Workspaceを活用して事業を継続できたという経験があります。災害という有事において「現場で本当に機能する仕組み」がいかに大切かを痛感したからこそ、今回の内容を、今、お伝えしたいと思いました。
災害が起こるたび、企業では事業継続計画、いわゆるBCPの重要性が語られます。
「非常用電源はあるか」「社員の安否を確認できるか」「重要なデータは失われないか」「本社に入れなくても業務を続けられるか」。確認すべきことは多岐にわたります。
情報システムについても「災害に強い仕組み」が求められます。しかし、「Google Workspaceは災害に強いクラウドです」とだけ説明されても、現場でどう役立つのかはなかなか想像できません。
それよりも、次の一文のほうが防災上の価値を具体的に表しています。
店舗の状況と従業員の安否を、みんなで一枚のスプレッドシートに書き込めた。
この記事では、2016年の熊本地震で実際にGoogle Workspaceが使われた事例を手がかりに、Google Workspaceを平時と非常時をつなぐ業務基盤として捉え直します。
この記事で分かること
- Google WorkspaceがBCPで果たせる具体的な役割
- 普段使いのフォームやスプレッドシートが災害時に強い理由
- 災害直後の今だから記録・決定できること
- クラウドだけに頼らず、平時から準備しておくべきこと
目次
Google Workspaceの防災価値は「共通の基盤」を持てること
Google Workspaceの防災価値は、データをクラウドに置けることだけではありません。変化する状況を、複数の拠点と担当者が同じ情報で確認・更新できることにあります。
災害時には、情報が短時間で変化します。
- A拠点は建物の安全確認が終わり、営業を再開できる
- B拠点は停電しており、通信も不安定
- C拠点では飲料水と乾電池が不足している
- 従業員3人とは、まだ連絡が取れていない
こうした情報を電話や個別メールで集めると、特定の担当者に情報が集中します。担当者が転記している間にも状況は変わり、メールに添付された表はすぐに古くなります。「どれが最新の情報なのか分からない」という混乱も起こります。
一つのGoogleスプレッドシートを複数人が更新すれば、本部、各拠点、支援担当者が同じ情報を見られます。誰かが集計し直すのを待たず、情報を受け取った人がさらに別の人へ伝言する回数も減らせます。変更履歴から、誰がいつ更新したかも確認できます。
つまり、Google Workspaceが提供するのは、単なるデータの置き場所ではありません。組織全体で現在地を共有する「共通の基盤」です。
2016年熊本地震でグッデイが実践した情報共有
この考え方は、机上の理想論ではありません。
福岡を中心にホームセンターを展開するグッデイでは、2016年の熊本地震の際、Google Workspaceが災害時の情報共有に活用されました。
Googleが公開するグッデイの導入事例によると、多人数が同時編集できるスプレッドシートを使い、店舗の状況報告、店員の安否確認、各地で不足する物資の流通、緊急発注を進めたとされています。
ここで重要なのは、特別な「災害専用システム」を新しく開発したわけではないことです。
同社では、平時から在庫管理や各種調査にGoogleフォームとスプレッドシートを使っていました。そのため、災害時にも、使い慣れた道具を状況に合わせて組み替えることができました。
平時には、各店舗の在庫を調べるフォーム。非常時には、店舗の被害や不足物資を報告するフォーム。
平時には、売上や在庫を共有するスプレッドシート。非常時には、従業員の安否や店舗の営業状況を共有するスプレッドシート。
用途は変わっても、アカウントと基本操作は変わりません。
災害時に本当に役立つのは、多機能な非常用システムだけではありません。混乱の中でも、社員が迷わず使える道具であることが大切です。
Google WorkspaceがBCPに効く3つの理由
Google Workspaceが事業継続に役立つ理由は、大きく3つに整理できます。どれか一つだけで備えが完成するのではなく、「保管」「更新」「管理」が組み合わさることで、非常時にも情報を扱いやすくなります。
1. 社内の建物や端末だけにデータを依存させない
地震、火災、浸水によってオフィスや社内サーバーが使えなくなっても、アカウント、利用できる端末、通信環境を確保できれば、別の場所からGmail、Googleドライブ、ドキュメントなどへアクセスできます。
ただし、これは「どんな状況でも必ず使える」という意味ではありません。利用者側の電源、通信、端末がそろって初めてアクセスできます。
2. 同じ情報を複数人が直接更新できる
災害時の情報共有では、保管場所よりも更新の流れが重要です。
「現場から本部へ電話する」「本部担当者が表へ転記する」「上司向けに別資料を作る」という流れでは、情報の鮮度が落ち、担当者の負担も増えます。
Googleフォームから現場が直接報告し、回答を一つのスプレッドシートへ集約すれば、転記の工程を減らせます。本部は同じ表を見ながら、優先順位の判断や支援先の調整に集中できます。
3. 変更履歴と権限を保ちながら共有できる
一つの表を共同編集すると、「誰かが誤って消してしまうのでは」と不安になるかもしれません。
Googleスプレッドシートやドキュメントでは変更履歴を確認でき、必要に応じて以前の状態へ戻せます。閲覧者、入力者、編集責任者で権限を分けることもできます。
ただし、災害発生後に権限設計を始める余裕はありません。誰が入力し、誰が全体を編集し、誰が閲覧だけするのかは、平時に決めておく必要があります。
災害時専用ではないことが強みになる
災害対策として専用システムを導入しても、普段ほとんど使わなければ、いざというときにログイン方法や操作方法が分からないことがあります。
「担当者しか設定を知らない」「訓練用のアカウントが期限切れになっていた」「緊急時の連絡先が古い」。こうした小さな準備不足が、非常時には大きな遅れになります。
一方、Gmail、カレンダー、ドライブ、フォーム、スプレッドシート、Meet、Chatを日常業務で使っていれば、非常時にも普段と同じアカウント、同じ端末、同じ基本操作を使えます。
戸田建設も、東日本大震災で現場事務所と現場データを失った経験や、停電・回線混雑によって電話がつながりにくい課題を背景に、Google Workspaceへの移行を決めています。戸田建設の導入事例では、導入後、震災訓練で各現場の状況をGoogleドキュメントに集約する案が社員から生まれたことも紹介されています。
防災は、日常業務と切り離して考えるものではありません。
- 毎日の仕事で重要情報をクラウドに保存する
- 複数人で同じ資料を編集する
- 社外から安全にアクセスできる状態を保つ
- スマートフォンでも必要情報を確認できるようにする
- 担当者が不在でも、別の人が引き継げるようにする
こうした日常的な働き方そのものが、災害への備えになります。
災害直後の今しかできないことがある
防災対策には、災害直後の今だからこそできることがあります。
これは、被害への不安をあおって社内のシステム導入を進めようという話ではありません。普段は見えにくい弱点が、具体的な事実として現れている今のうちに記録し、次の意思決定につなげるということです。
防災投資は、平時ほど優先順位が下がりやすい性質があります。費用や手間は「今の支出」として明確に見える一方、効果は将来へ分散します。対策によって起こらなかった被害に目を向けたり効果を測定することもあまりされず、「差し迫った課題ではないから、後でもよい」と判断されやすいからです。
しかし災害の直後には、経営者、管理部門、現場が同じ問題意識を共有しやすくなります。この期間に進めるべきなのは、漠然とした危機感による大きな投資ではなく、事実の記録と依存関係の可視化です。
今週、記録しておきたい二つのこと
- 安否・拠点確認の実測値: 何%の回答が何分で集まったか、どの連絡経路が機能しなかったか、最後まで確認できなかったのは誰か
- 取引先と供給網の所在地: 一次取引先だけでなく、二次・三次サプライヤーの所在地や、同じ地域へ集中している業務・物資がないか
実際に被災地域との連絡や安否確認を行った企業は、その所要時間と詰まった地点を今のうちに残しておく必要があります。直接の被害がなかった企業でも、短い緊急連絡テストを行えば、「連絡網はある」ではなく「何分で何%まで確認できた」という実測値を持てます。
時間が経つと、記憶は「おおむね機能した」「大きな問題はなかった」という総括に置き換わります。誰に連絡が届かなかったのか、どの担当者へ問い合わせが集中したのか、どの取引先の先に地理的な集中があったのかは、今しか正確に拾えません。
そして、事実をそろえたうえで、普段は後回しになりやすい次の判断を経営会議に上げます。
- 単一拠点に依存する業務や連絡経路を複線化する
- 本社機能と重要データを同じ場所だけに集中させない
- 経営者、管理者、承認者が不在でも判断できる代行権限を決める
- 二次・三次サプライヤーを含む供給網を一覧化する
- 安否、拠点、物資、顧客対応を一つの共有表で確認できるようにする
数週間が過ぎ、報道や社内の関心が落ち着けば、通常の予算折衝と日々の業務が戻ってきます。だからこそ今は、恐怖や不安を根拠に案件を通すのではなく、今しか取れない実測値を根拠に、平時には進みにくかった備えを具体的な計画へ変える時期です。
Google Workspaceだけで防災は完成しない
クラウドは万能ではありません。
停電が長引き、スマートフォンやパソコンを充電できなければ、利用継続は難しくなります。通信障害が発生すれば、クラウドへのアクセスも制限されます。Google側のサービス障害、端末の故障、アカウントのロック、認証端末の紛失も起こり得ます。
Google Workspaceには、対象サービスの月間稼働率を99.9%以上とするサービスレベル契約があります。ただし、利用者側の設備や第三者設備に起因する問題などは対象外であり、100%の稼働を意味するものではありません。
Googleドキュメント、スプレッドシート、スライドにはオフライン機能がありますが、災害が起きる前に端末側で有効にし、必要なファイルをオフラインで利用できるよう準備しておく必要があります。手順はGoogle ドキュメント エディタ ヘルプで確認できます。
また、安否確認専用サービス、電話、SMS、災害用伝言サービス、紙の連絡網などをすべてGoogle Workspaceへ置き換える必要はありません。重要なのは、通信やサービスの一系統が止まっても、別の手段へ切り替えられることです。
平時に準備しておきたいチェックリスト
導入しただけでは、防災の仕組みにはなりません。誰が情報を入力し、どこに集め、誰が判断し、誰が社内外へ発信するかを決めて、実際に試しておく必要があります。
Google WorkspaceをBCPに活かすための事前準備
- 緊急連絡先と災害対応マニュアルを、オフラインでも確認できるようにする
- 安否、拠点状況、設備被害、不足物資を報告するGoogleフォームのひな型を用意する
- 災害対策用スプレッドシートの項目、閲覧権限、編集権限を事前に決める
- 情報の更新時刻、確認者、対応状況を記録する列を用意する
- 管理者が被災した場合に備え、複数の管理者と代行手順を整える
- 多要素認証の予備手段、バックアップコード、アカウント復旧方法を確認する
- モバイルバッテリーと複数の通信手段を用意する
- 電話、SMS、災害用伝言サービスなど、Google Workspace以外の連絡手段も残す
- 定期的な防災訓練で、フォーム入力から集約、判断、社内発信までを試す
最初から大規模な仕組みを作る必要はありません。
まずは一つのフォームと一つのスプレッドシートを用意し、拠点責任者がスマートフォンから入力できるかを試します。次に、本部側が一覧を見て優先順位を判断できるか、担当者が不在でも別の人が引き継げるかを確認します。
訓練で詰まったところこそ、平時に直せる貴重な課題です。
よくある質問
Google Workspaceがあれば、安否確認専用システムは不要ですか
一概には言えません。大規模組織での一斉配信、未回答者への自動督促、家族情報の管理、詳細な集計などは、専用サービスが適している場合があります。Google Workspaceは、拠点状況や物資、対応経過など、組織独自の情報を柔軟に集める「共通の作戦盤」として併用する考え方が現実的です。
通信が止まった場合、Google Workspaceは使えませんか
通信が完全に止まれば、クラウドへの新しい情報の送受信はできません。事前にオフライン設定したファイルを確認する、電話やSMSへ切り替える、復旧後に情報を同期するなど、代替手段と切り替え条件を決めておく必要があります。
最初に何を準備すればよいですか
拠点状況を報告するGoogleフォームと、回答を集約するスプレッドシートから始めるのがおすすめです。報告項目を絞り、誰が入力し、誰が判断するかを決め、短時間の訓練で実際に使ってみてください。
まとめ
Google Workspaceの防災価値は、「災害専用のすごい機能」にあるわけではありません。
オフィスに入れなくてもメールを確認できる。別の端末から資料を開ける。各拠点の状況を一つの表に集める。現場の担当者が、その場でフォームから報告する。
一つひとつは、普段の業務でも使われている機能です。
しかし、電話がつながらない、担当者が出社できない、社内サーバーが置かれた建物に入れない、情報が刻々と変化するという状況では、その「普通の機能」が事業を止めないための重要な基盤になります。
災害が起きてから、新しい道具の使い方を覚える余裕はありません。
だからこそ、毎日使っている仕事の道具を、非常時にも使える状態にしておく。平時と非常時を、同じ情報、同じアカウント、同じ操作方法でつなげる。
今回の熊本の地震は、企業にとって、普段の働き方が非常時にも機能するかを見直す機会になっています。
そして、災害直後の今しか残せない記録、今だから関係者と共有できる問題意識があります。まずは今週、安否確認にかかった時間と連絡経路の詰まりを記録すること。次に、一つのフォームと一つの共有表を使った短い訓練を行うこと。その事実をもとに、平時には進みにくかった備えを具体的な意思決定へ変えてください。
かつて東日本大震災で被害を受けた際、私達は普段から使い慣れていた「共通の基盤」があったからこそ事業を継続できました。災害の被害を防ぐことは難しくても、事業の停止を防ぎ、いち早く立ち上がる準備は今日から始められます。
参考情報

