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2.M&A実施前の準備

M&A実施前の準備

想定読者:M&Aを現実的に検討しており、具体的な進め方や社内外の体制づくりを知りたい中小企業経営者・担当者
ゴール:
目的設定、企業価値評価、戦略策定、専門家の活用、コミュニケーション計画など、M&Aに入る前段階で必要なポイントを把握し、実行できるようにする

M&AMerger and Acquisition)は、中小企業が大きく未来を切り開くための手段として近年注目を集めています。後継者不在問題への対応や、成長戦略の一環として、または財務的な再建策として――その動機はさまざまですが、いずれにしてもM&Aを成功させるためには、実際の交渉やクロージング以前の「事前準備」が欠かせません。これは、大企業だけでなく、中小企業ほど綿密な事前段階を踏む重要性が高いと言えます。なぜ事前準備がそこまで重要視されるのでしょうか。実は、M&Aのプロセスには多くのステークホルダーが関わります。売り手、買い手、従業員、取引先、地域コミュニティ、金融機関、専門家(弁護士・会計士・FAなど)といった具合に、ひとたびM&Aプロジェクトが走り出すと、多方面との連携や調整が必要になります。もし事前準備が十分でないまま本格的なプロセスをスタートさせてしまうと、想定外の事実が後から次々と判明したり、交渉が長期化してしまったり、場合によっては信頼関係が崩れてプロジェクト自体が破綻するリスクを高めてしまいます。

本記事では、M&Aに着手する前に押さえるべき5つの重要なポイントを取り上げます。これらを体系的に理解し、かつ実行に移すことで、M&Aの成功確率は格段に高まるでしょう。それでは、なぜこれらが重要で、どう取り組めば良いのか――それぞれの項目を詳しく解説していきます。


目次

  1. 明確な目的とゴールの設定
  2. 現在の財務状況と企業価値の分析
  3. M&A戦略の策定と目標の優先順位化
  4. 専門アドバイザーや支援機関の活用
  5. 社内外へのコミュニケーション計画の策定
  6. まとめ

1.明確な目的とゴールの設定

M&Aの最終ゴールを明確に定義することは、プロジェクト全体の軸を定める作業です。中小企業がM&Aを検討する理由としては、大きく分けて「事業承継」「事業拡大」「事業撤退・整理」「財務再建」「技術獲得・新市場参入」などが考えられます。特に後継者問題や地域経済の縮小を背景にした売り手の場合は、「企業を存続させたいのか、それとも早期にキャッシュ化したいのか」をはじめに明確にしなくてはなりません。一方、買い手企業の場合は、「新たなサービスラインを追加したい」「顧客基盤を拡大したい」「競合企業を取り込みシェアを高めたい」などの戦略目標を掲げることになります。

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  • 事業承継・成長・撤退など優先順位を定める
    例えば、売り手経営者が60代後半で後継者不在の場合、M&Aによって円滑に事業を引き継ぎ、従業員の雇用を守りながら地域への貢献を継続することが最優先となるかもしれません。また、買い手サイドから見れば、既存事業とシナジーがある企業をM&Aで獲得し、早期に売上高を倍増させたいというケースもあるでしょう。こうした目標の違いが曖昧なままだと、交渉の過程で意見の齟齬が生じ、最悪の場合、交渉が破談に終わる可能性すらあります。
  • 定量・定性の目標を設定する
    数値目標(売却額、事業統合後の利益目標、買収費用の回収期間など)だけでなく、「企業文化の継承」「地元雇用の確保率」「顧客満足度の維持」など、定性的な要素も含めたバランスの良い目標設定が重要です。とりわけ中小企業では、長年培ってきた企業文化や地域貢献が大きな財産であり、必ずしも金銭的価値だけが合意の全てではありません。こうした価値観を売り手・買い手両者で合意形成しないまま進めると、PMIPost Merger Integration)の段階で大きな軋轢を生みかねません。
  • 社内合意形成で進行を円滑化
    社内でキーマンが複数存在する場合(共同経営者や創業一族、主要株主など)は、あらかじめ方針に合意しておくことが必須です。M&Aを外部に公表する前に、社内のキーマン同士で認識を共有し、想定される問題点を洗い出して対策を練っておくと後の交渉がスムーズになります。経営トップだけで強引に突き進むのではなく、事業を共に支えてきた人物の意見を丁寧に拾い、最終的な合意点を明確にしておきましょう。

2.現在の財務状況と企業価値の分析

M&Aが始まると、買い手サイドから見れば「対象企業の価値はいくらか?」が最大の関心事となり、売り手サイドから見れば「適正価格で売れるか?」が大きなテーマとなります。そのためにも、まず自社(または買収候補企業)の財務状況を正確に把握することが欠かせません。

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  • 財務諸表や負債状況の確認
    売り手企業の場合、貸借対照表(B/S)や損益計算書(P/L)をはじめとする財務諸表に不備や不透明な点があると、デューデリジェンス(DD)の段階で買い手に警戒心を抱かせる要因となります。特に中小企業では、オーナー個人と会社との間で曖昧な金銭のやり取りがあったり、見えにくい負債や在庫が残っている場合があります。そうした箇所を先に洗い出し、必要に応じて修正や補足説明を準備しておくと、交渉で不利になりにくいでしょう。
  • 企業価値評価による妥当価格の把握
    一般的に企業価値を評価する手法として、DCFDiscounted Cash Flow)法、類似企業比較法、時価純資産法などが挙げられます。中小企業のM&Aでは実際に、類似業種・類似規模の取引事例を参考に売却額や買収額の相場観をつかむ方法もよく用いられます。これによって、おおよその金額レンジを知ることで、交渉において無理な価格設定をするリスクを回避できます。ただし、企業のブランド力やノウハウ、経営者個人の信用力といった無形資産をどれだけ考慮するかは、事前の準備段階で売り手側が「こう評価してほしい」と主張できる材料を作っておくことが重要です。
  • 強み・弱みの棚卸しで改善ポイント特定
    単純に財務だけを見ても企業全体の価値は測れません。たとえば「社内の教育制度」「顧客リストの質」「営業力」「商品開発力」「取引先との信頼関係」など、非財務面の情報こそがM&A成功の鍵となることが多いです。もし弱みや課題が明らかになったら、M&A交渉が本格化する前にリスク要因を減らす工夫をしたり、逆に改善余地を買い手にアピールすることで、買い手が魅力を感じやすくなります。なかにはITシステムの更新、労務問題への対処、設備投資の再検討など、社内改善をしたうえで売り手市場に出るほうが、有利な条件を引き出せるケースもあります。

3.M&A戦略の策定と目標の優先順位化

M&Aには「誰が、どの企業を、どのような条件で取得(または譲渡)するか」を具体化するプロセスが必要です。なんとなく漠然とM&Aに興味があるだけでは、候補企業を見つけても話が進みません。戦略を策定し、目標を優先順位化することで、交渉の焦点がクリアになります。

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  • ターゲット候補の明確化
    買い手の視点で言えば、「自社の事業領域を補完できるか」「顧客層が重複しすぎていないか」「技術・特許を持っているか」など、シナジーの生まれる相手企業像をあらかじめ定義しておくとスピーディにリサーチできます。売り手の視点でも「地元雇用を守れる買い手か」「相手企業の財務体質は安定しているか」など、譲渡後の持続性を考慮した相手先イメージを固めることが大切です。
  • 必須条件と優先順位を設定
    たとえば売り手側が「従業員の雇用は最低〇年間、給与水準を下げないでほしい」と強く望む場合、それは必須条件として整理し、買い手と早期に共有することがポイントになります。一方、買い手側は「取得後2年で投資額を回収する必要がある」などの資本コストや投資回収計画を優先する場合、条件に合わない案件には早めに見切りをつける判断が必要です。こうした必須条件と柔軟に調整可能な条件を区別しておくと、交渉時の対応がブレにくくなります。
  • 長期視点での成果を意識
    M&A
    は短期的な損得だけでなく、将来の市場拡大や組織体制の整備、さらには地域経済へのインパクトまで視野に入れることで、ステークホルダーからの理解や協力が得やすくなります。特に地方中小企業の事業承継では、地元の金融機関や自治体とも連携して、地元経済の活性化につなげる大きなビジョンを描くことが歓迎されるケースも多いです。

4.専門アドバイザーや支援機関の活用

M&Aには法務・税務・財務など様々な専門的知識が必要となります。中小企業の多くは社内にそれらをすべて内包していないため、外部専門家の力を借りるのが一般的です。ここで、どのような専門家や支援機関を選ぶかが、M&Aの成否を左右する大きなポイントになります。

  • FA(ファイナンシャルアドバイザー)や仲介会社の選定
    FA
    や仲介会社には大きく2つのタイプがあります。ひとつは大手金融機関や全国規模のM&A仲介会社が提供するサービスで、幅広い案件を取り扱い、豊富な経験とネットワークを活かせる利点があります。もうひとつは地域密着型の小規模仲介・コンサル会社で、地元企業との親密な関係や地域事情への深い理解が強みとなります。自社の規模や目的、地域性を踏まえて最適なパートナーを見つけるのが重要です。彼らはターゲット企業の探索、価格交渉支援、スケジュール管理など、M&Aプロセス全体をサポートしてくれます。
  • 弁護士・税理士・会計士の連携
    M&A
    の契約書には表明保証や株主構成、競業避止義務など複雑な条項が含まれます。弁護士の専門知識は欠かせません。また、売却額に応じて譲渡所得税などが発生し、どう最適化するかは税理士の指導が必要です。さらに企業価値評価や財務DD(デューデリジェンス)で会計士のサポートを得ることで、正確な数値データに基づいた交渉が可能となります。これらの専門家を一つのチームとして早めに巻き込むことで、後々のトラブルを回避できます。
  • 地銀・信金など地域金融機関の活用
    地方の中小企業にとって、地元の金融機関は単なる融資元ではなく、地元企業同士をつなげる仲介役として機能することも多いです。たとえば、地元で後継者難に陥っている企業や、逆に事業拡大を狙う企業の情報を広く持っており、マッチングをサポートしてくれるケースがあります。また、M&A後に必要となる運転資金や投資資金の融資についても、事業計画を説明しやすいというメリットがあります。地域金融機関と良好な関係を築いておくと、M&Aの成功確率が高まるでしょう。

5.社内外へのコミュニケーション計画の策定

M&Aは経営者や株主だけの問題ではなく、従業員や顧客、取引先、地元関係者など多岐にわたるステークホルダーに影響を及ぼします。準備不足のまま情報が漏れたり、正しいタイミングで適切な説明が行われなかったりすると、混乱や不信感を招き、交渉のテーブルにすら乗れない状況になりかねません。

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  • 従業員への段階的周知
    「会社が売られる」「経営者が変わる」という話は、従業員のモチベーションに大きく影響します。突如として外部から聞こえてくると不安が増幅しますが、経営者が適切なタイミングで「会社としてこういう方向を検討している。なぜなら〇〇という理由がある」という形で共有すると、心理的負荷を軽減し、協力体制を得やすくなります。社内説明会を開く、FAQをまとめるなど、従業員が安心して働ける環境づくりを意識しましょう。
  • 取引先・顧客への説明
    主要な取引先や大口顧客にとっても、自社がM&Aを行うと聞けば「取引条件はどうなるのか」「引き続きサービス品質は維持されるのか」など懸念点が生じます。こうした不安を早期に解消できるよう、コミュニケーションの窓口を設けるのが望ましいです。場合によっては、一社一社丁寧に訪問して状況説明を行い、新体制でも継続取引したい旨を伝えるなど、きめ細かい対応が必要となります。
  • 秘密保持契約(NDA)を徹底
    M&A
    プロセスは基本的に機密情報を扱います。意図せず情報が外部に漏れ、競合他社に計画を知られたり、従業員がSNSで噂を流したりすると大きなダメージになる場合があります。そのため、アドバイザーや候補企業、社内の関係者に対してはNDANon-Disclosure Agreement)を結び、守秘義務を明確にしたうえで情報交換を進めます。社内の情報セキュリティ教育も含め、リスクを最小化する管理体制を築くことが大切です。

6.まとめ

M&A実施前の準備」というテーマで、明確な目的・ゴール設定から財務状況の把握、具体的な戦略策定、専門家や支援機関の活用、そしてコミュニケーション計画に至るまで、5つの重要なポイントをご紹介しました。これらのステップを丁寧に踏むことで、M&Aの大きな流れがスムーズになり、交渉や契約締結、クロージングが円滑に運びやすくなります。

実際のところ、中小企業がM&Aを検討する場合に最も多いトラブルは、「曖昧なままスタートしてしまい、途中で条件の折り合いがつかなくなる」というケースです。例えば、オーナー経営者が実は譲渡後も株主として影響力を保持したいと考えていたり、買い手企業が社風や人事制度の大幅改革を計画していたり――それらが事前に共有されず、交渉が進む中で初めて発覚すると、感情的対立や信頼関係の崩壊を招きかねません。そんな状況を避けるためにこそ、事前準備の段階で社内合意を固め、専門家の力を借りながら、自社の価値や狙いを明確にすることが不可欠なのです。

また、準備段階は自社の現状を客観視する絶好の機会でもあります。財務改善や組織改革など、M&Aに乗り出す前に解決できる課題は意外と多いものです。これらを先にクリアしておけば、交渉時に「うちにはまだまだ改善の余地がありますが、それを買い手企業にやってもらいたい」というネガティブな印象ではなく、「改善をすでに進めており、今後の成長可能性が高い企業です」というポジティブな打ち出しをすることができます。

さらに言えば、中小企業のオーナー経営者にとっては、会社を売る・買うという行為が心理的に大きなハードルとなることが少なくありません。長年積み上げてきた事業を手放す売り手にとっては「社員にどう説明すればいいか分からない」「親族や地域社会からの批判が心配」といった懸念もあるでしょう。買い手側であれば、「本当にこの投資は回収できるのか」「PMIで組織を円滑に統合できるのか」と不安を抱える場合があります。こうした心理的障壁を乗り越えるためにも、準備段階の情報収集と計画づくりをしっかり行うことが、心の安定を保ちながらプロジェクトを進める秘訣と言えます。

最後になりますが、M&Aはあくまで手段であって目的ではありません。何を達成したいかを真剣に考え、社内外との丁寧なコミュニケーションを重ねることで、「M&Aが成功した先に待つビジョン」を明確に描くことができます。そのうえで、理想の未来に近づくための戦略やプロセスを練り上げていくことが大切です。

次の記事「M&Aプロセスの具体的手順」では、実際のM&Aプロセスをさらに深く掘り下げていきます。ターゲット企業の選定や初期交渉、NDA(秘密保持契約)や基本合意を結ぶ際の留意点、そして資金計画の立案など、具体的なフローについてステップ・バイ・ステップで確認しましょう。今回の準備段階で固めた目標や戦略、社内合意、そして専門家ネットワークを活かしながら、より実践的な段階へと進んでいただければ幸いです。


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