コンテンツまでスキップ

5.契約締結とクロージング

契約締結とクロージング

想定読者:DD(デューデリジェンス)を完了または完了間近で、最終合意とクロージング手続きに臨む中小企業の売り手・買い手担当者
ゴール:DD結果を反映した売買契約書(SPA)の作成や最終価格調整、クロージング直前・当日・直後に必要な実務を理解して、スムーズに取引を完了できるようになる

デューデリジェンス(DD)が完了またはほぼ完了し、買い手・売り手双方がリスク評価と大枠の価格・条件合意を経た段階において、いよいよ売買契約(SPA: Share Purchase Agreement など)の締結とクロージング(取引完了)に向けた準備が本格化します。しかし、中小企業のM&Aでは、DDが終わって安心した矢先に見落としていた手続きや許認可、行政対応など、意外なところで想定外の時間やコストが生じることが少なくありません。また、契約書の主要条項(表明保証、価格調整、違約金など)に関して、売り手・買い手が最後の詰めの段階で対立するケースもあります。M&Aはクロージングまでが勝負と言われるのは、まさにこのフェーズで細部を徹底的に詰め、リスクを管理し切らないと、土壇場で破談になる可能性すら残っているからです。

本記事では、契約締結とクロージングの流れを5つのステップに分けて解説します。

DDで得た情報を最大限活かし、公正かつ合理的な合意を形にすると同時に、クロージング前後のバタバタを最小限に抑えるためのポイントを網羅します。特に中小企業では、オーナー経営者が直接契約を取りまとめることが多く、日常業務とM&A準備の同時進行で負担が大きくなりがちです。最後まで集中力を切らさず、着実にステップを踏んでいきましょう。


目次

  1. 売買契約書(SPA)の作成手順
  2. 最終価格と条件の調整
  3. クロージング(取引完了)までのプロセス
  4. 必要な行政手続きと許認可の取得
  5. アフターM&Aでの統合作業(PMI)の準備
  6. まとめ

1. 売買契約書(SPA)の作成手順

1-1. SPA(Share Purchase Agreement)とは

中小企業のM&Aでは、株式譲渡によるオーナー交代が多いため、**Share Purchase Agreement(株式譲渡契約書)**が主たる最終契約書として用いられます。事業譲渡の場合はBusiness Transfer Agreement(事業譲渡契約書)やAsset Purchase Agreementと呼ばれる場合もあります。どちらにしても、M&A最終合意を法律的に確定する文書です。

SPAには、

  • 表明保証条項(Representations and Warranties)
  • 価格調整条項
  • クロージング条件(Conditions Precedent)
  • 解除権や違約金に関する条項
  • 競業避止義務や機密保持義務
  • 紛争解決方法

など、多岐にわたる条項が含まれます。大企業の案件では数十ページにも及ぶ詳細な契約書が作成されますが、中小企業の場合は規模や複雑さによって分量が異なります。

1-2. 下準備としてのタームシート・LOI

通常、LOI(基本合意書)やタームシートで大まかな条件(価格帯、取引構造、DD期間、独占交渉権など)を合意してから、最終契約書のドラフト作成を進める流れです。売り手・買い手それぞれが弁護士やFAと連携し、最初のドラフトをどちらが用意するかを決めます。買い手側がドラフトを提示するケースもあれば、売り手側が独自のフォーマットを提示し、交互に修正を加えていくこともあります。

1-3. 契約書作成の流れ

  1. 初稿ドラフトの提示: 片方(またはFA・弁護士)から初稿が出され、重要条項の概略を固める。
  2. 相互のコメント・修正作業: 数回にわたる修正や意見交換を通じて、両社の認識をすり合わせる。
  3. 専門家レビュー: 弁護士がリスクや曖昧な表現を点検し、税理士・会計士が価格調整や税務面を確認する。
  4. 最終合意: 全条項が折り合えば、最終版を確定し、クロージング日や場所など実務的な詳細を詰める。

2. 最終価格と条件の調整

2-1. DD結果を反映した価格交渉

デューデリジェンス(DD)で判明したリスク要因や追加投資の必要性を踏まえ、最終価格をどう決定するかが最も重要な交渉点の一つです。
たとえばDDの段階で想定外の借入金や在庫の不良分が見つかった場合、買い手はその分だけ価格を下げるよう求めるのが一般的です。反対に売り手は、「そのリスクはすでに開示しており、価格に織り込み済み」などと反論するケースもあります。ここの意見調整がまとまらなければ、最終合意には至りません。

2-2. 価格調整条項

大企業のM&Aでは、締結時点とクロージング時点で対象企業の純資産や運転資本が変動した場合に応じて買収価格を調整する「価格調整条項」が設けられることが多いです。中小企業でも、一定の運転資本水準を維持する義務を売り手に課し、基準を下回れば価格を差し引くといった仕組みを導入する場合があります。

  • ロックボックス方式: クロージング後の調整を必要最小限に抑えるため、過去日を基準とした純資産額で価格を固定し、それ以降の資金流出は売り手が責任を持つ。
  • 締結後~クロージング間の利益増減: 売り手が利益を計上しても買い手に利益が帰属する、あるいは損失が出れば価格減額など、明確なルールを設定することが望ましい。

2-3. 特殊条件やアーンアウト

中小企業のM&Aで、売り手オーナーがM&A後も一定期間経営に関与し、業績目標を達成すれば売却額を追加で受け取るといった仕組み(アーンアウト)が設けられる場合があります。これにより、買い手は短期的な業績リスクを抑えつつ、売り手は目標達成により最終的な譲渡額を増やすインセンティブを得られます。


3. クロージング(取引完了)までのプロセス

3-1. クロージング条件(CP: Conditions Precedent)

SPAには、クロージングを実行するために事前に満たすべき条件が明記されるのが一般的です。これをCP(Conditions Precedent)と言い、代表的な項目には以下のようなものがあります。

  • 必要な許認可や取締役会・株主総会決議の取得
    売り手・買い手双方が社内承認を得ること、監督官庁の許認可(例:外資規制、業法規定など)をクリアすること。
  • 重大な経営リスクの不発生
    クロージングまでの間に、火災や大口顧客の喪失など重大な経営リスクが発生していないことを条件とする場合があります。
  • DD結果の反映完了
    DDで指摘された是正点が一定レベルで解決または織り込み済みであること。

買い手・売り手の双方が「CPがすべて満たされた」と確認すると、クロージングに進む手筈となります。

3-2. クロージングの手順

  • 日時・場所の決定
    クロージング日時をいつにするか(多くの場合は月末や四半期末が選ばれやすい)を両社で合意し、具体的な場所(弁護士事務所や仲介会社オフィス、オンライン対応など)を決めます。
  • 株式譲渡の場合の株式移転
    株券発行会社なら株券の引き渡し(最近は電子化が進んでいるが、法律上は注意が必要)。発行会社登録情報の変更など、会社法上の手続きを踏みます。非公開会社では株主名簿の書き換えも重要です。
  • 資金の移動・決済
    銀行振込で買収代金を支払う場合、同時履行が原則です。売り手は株式等の譲渡を確認し、買い手は即座に送金するなど、仲介会社がエスクロー的に一時預かりを行う場合もあります。金額が大きいと複数回に分けて送金することもあり、当日の混乱を避けるために段取りを事前に固めます。

3-3. クロージング当日に必要な書類

  • 契約書類
    売買契約書(SPA)、株式譲渡実行に伴う書類(株券、株式譲渡契約確認書など)、関連する覚書類、必要に応じて保証書や支援契約書などを用意。
  • 登記・許認可書類
    M&A後に代表取締役が変わる場合や、新たな役員就任がある場合は法務局での変更登記が必要です。地方公共団体や業法上のライセンスを要する事業の場合、名義変更や承継手続きを用意しておきます。
  • 売り手・買い手の社内決議書
    取締役会議事録、株主総会議事録、決議内容を明文化した書類を必要とすることも多いです(特に重要な財産の譲渡等に該当する場合)。

4. 必要な行政手続きと許認可の取得

4-1. 業種によって異なる許認可

中小企業でも、酒類製造免許、建設業許可、運送業免許、医療関連許可、第二種金融商品取引業など、業種特有の許認可を保持しているケースがあります。M&Aで経営主体が変わると、許認可を再取得する必要が生じたり、事前の届け出が法令で定められている場合があります。

  • 外資規制や独占禁止法
    外資が一定規模以上の日本企業を取得する際は、事前の当局審査(外為法)や独禁法の事前届出(公正取引委員会)の対象になることがあります。中小規模でも業界シェアが高い場合は注意が必要です。

4-2. 役所や監督官庁への提出

許認可の名義変更や新規取得には、書類準備・審査・実地調査などに時間がかかる場合があります。クロージングをいつに設定するかを考えるうえで、役所の繁忙期や休日なども考慮し、後ろ倒しにならないよう早めに交渉を進めておきましょう。

4-3. 変更が認められないリスク

業法によっては、会社主体が変わることで従来の許可が失効する可能性もあります。公共事業の入札参加資格が消滅するなど、想定外の事態が起きると事業継続に支障が出ます。こうしたリスクはDDの法務面でチェックしつつ、許可権者に事前確認を行うのが鉄則です。


5. アフターM&Aでの統合作業(PMI)の準備

5-1. 契約締結~クロージング直後の課題

クロージングを迎えると、経営権が正式に移転し、売り手・買い手の関係が本格的に「ひとつの企業体」として始動します。ここからがPMI(Post Merger Integration)の実行フェーズとなり、組織再編やシステム統合、人事制度の一体化など、具体的な統合作業が始まります。

  • 従業員・顧客への告知
    公的にはクロージングに合わせてプレスリリースを打つ場合もあれば、社内説明会を開いて従業員に今後の方針を共有することもあります。大口顧客や主要取引先には、早めに訪問や説明を行うと不安を和らげられます。
  • キー人材との面談・配置転換
    M&A後の新体制で重要な役割を担う人材については、経営陣との直接対話を行い、モチベーション維持や退職リスク低減を図ります。

5-2. PMI計画策定と責任者配置

ma005-1

  • PMIリーダー・チームの設置
    統合プロセスの指揮を執るリーダー(PMI責任者)を明確にし、財務・人事・ITなど各分野の担当者を集めたPMIチームを編成します。大企業とは違い、中小企業では人員が限られるため、各担当が複数の業務を兼務する場合が多いです。
  • 短期・中期・長期の統合目標
    例えば、短期(~3か月)はシステム連携や勤怠管理の統合、中期(~1年)は評価制度・給与体系の整合、長期(~3年)はブランド再編や新事業の開発など、段階的にロードマップを引くことで混乱を抑えられます。
  • KPI設定と進捗モニタリング
    PM(Project Management)ツールや定例会議を活用し、売上高やコスト削減率、人材離職率などをKPIとしてモニタリングすることで、計画の実効性と修正ポイントを常にチェックします。

5-3. 経営移行期間の調整

場合によっては、売り手オーナーが一定期間残り、段階的に引き継ぎを行う取り決めを契約に盛り込んでいることもあります。経営上重要な取引先や社内キーマンとの関係性、ノウハウをスムーズに移転するため、移行期間中の報酬や業務範囲を明記しておくと良いでしょう。逆に、すぐにオーナーが退任する場合もあるため、経営ブレーンが急に空白にならないよう、買い手側は人材確保のプランを用意しておくことが大切です。


6.まとめ

M&Aにおける契約締結とクロージングのプロセスは、DDで発覚したリスクや条件を最終的に整理・合意し、正式に経営権や事業資産を移転するための最終ハードルです。ここでの注意点を整理すると、以下のように要約できます。

  1. 売買契約書(SPA)作成で細部まで詰める

    • 表明保証、価格調整、違約金、解除権などの条項を明確にし、法務リスクを最低限に抑える。
    • LOIやタームシートでの合意事項を再確認し、不要な齟齬が生じないよう注意。
  2. 最終価格と条件をDD結果で再調整

    • 隠れ負債や新たなリスクが見つかった場合、価格や支払い条件を合理的に変更する。
    • アーンアウトやロックボックス方式など、特殊な仕組みが必要なら早めに検討。
  3. クロージング前後の実務と許認可対応

    • 法務局への登記変更や業法上の許認可名義変更、金融機関への連絡など、煩雑な手続きを事前に洗い出してスケジュール化する。
    • 資金決済のタイミングと方法を明確にし、エスクローなどを活用する場合は準備を万全に。
  4. PMI(統合)準備を並行で進める

    • キーパーソンの雇用維持、従業員への周知、顧客・取引先への説明などを計画的に行う。
    • クロージング後すぐに始動するPMIチームが、組織やシステムを統合しやすい環境を整えておく。

中小企業のM&Aでは、大企業と比べて組織規模が小さい分、経営者や役員が契約締結とクロージング準備を兼任しなければならず、多忙を極めることが一般的です。こうした状況でも、FA・弁護士・税理士・会計士などの専門家やアドバイザーを適切に活用し、スケジュール管理と優先度付けを徹底することで、トラブルを最小化しながら無事にクロージングを迎えることが可能です。

特に地方や中小企業の場合、取引先や従業員、地域社会がM&Aの影響を受けやすいため、コミュニケーション計画を丁寧に進めることが信頼獲得の鍵となります。契約締結とクロージングはゴールではなく、PMIという新たなスタートラインへの入り口です。最後の詰めを怠らず、次の段階である「PMI(統合)計画」「PMI実行」へ円滑に移行できる準備を整えましょう。

次の記事では、「中小企業のM&A成功事例」を取り上げ、実際にどのようなプロセスでM&Aを成功させたのか、具体的なケースから得られる教訓を解説します。事例を知ることで、理論だけではカバーしきれないリアルな課題や成功パターンを学び、さらにステップアップした理解を目指してください。


本シリーズの全記事の概要や関連コンテンツは、中小企業事業承継・M&A総合ガイドページでご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。一般企業のM&Aに加えて社会福祉法人M&Aに関する記事もご覧いただけます。

エスポイントでは、事業承継・M&Aに関する支援を行っております。中小企業が抱えるさまざまな課題に対し、実践的で効果的なソリューションを提案します。ご興味がありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

This image features a highresolution abstract background with a soft, gradient effect in light colors-2

専門家のサポートを活用する

プロジェクトや業務のご依頼についてのご相談は、こちらからご連絡ください。私たちの経験豊富なチームがサポートいたします。