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6.中小企業におけるCX成功事例
これまでのシリーズ記事では、CXを推進するための考え方や準備事項、実践手順、中小企業に適した取り組み方、成果を測定・分析する指標など、幅広いトピックをカバーしてきました。これらの知識を一通り学んだとしても、いざ「自社で本当に実践する」となると、具体的に何から着手すれば良いか迷う方も多いのではないでしょうか。
その際に大いに参考になるのが、実際にCXで成功を収めた企業の事例です。とりわけ中小企業にとっては、大企業の例よりも、同規模や似た業態の企業がどのように変革に取り組んだかを知るほうが、自社への落とし込みがイメージしやすくなります。
本記事では、中小企業が抱えがちな制約(人的リソースの不足、資金面の限界、組織の属人化など)や、地域密着型であることによる強みや課題をどう克服し、結果としてCX(コーポレートトランスフォーメーション)を成功させたのか――その具体的プロセスと成果を5つの事例を通じてご紹介します。事例の背後にある「経営層の判断」「社員の意識改革」「顧客ニーズの深堀り」「外部リソース活用」など、共通点も見えてくるはずです。ぜひ、自社に近い業界や経営課題を抱える事例をじっくり読みながら、CX推進の一歩を踏み出すヒントを掴んでいただければ幸いです。
目次
業務効率化と売上向上を実現した事例
事例企業A:地場産業の部品メーカー
背景と課題
- 属人的な受発注管理
地域に根ざし、長年にわたり特定の産業向け部品を製造してきた企業Aでは、受発注や在庫管理が電話・FAXベース、あるいは担当者ごとのExcelファイルに依存していました。受注担当の社員によって入力ミスや重複受注が頻発し、それが生産ラインに混乱をもたらすケースも多かったのです。顧客からの注文変更や追加発注がFAXで届いても見落とされることがあり、二重入力や伝達ミスが部品供給の遅れにつながっていました。 - 納期遅延とクレーム増加
特に納品期日がシビアな取引先が多く、わずかな納期遅れでも顧客満足度を下げる結果を招いていました。取引先からのクレームが増え、「もっとシステム化した会社でないと信頼できない」という声も出始めていたのが大きな危機感となります。 - 同じ人員でも受注量を増やしたい
一方で、企業Aには「地元に根ざした生産能力」と「長年の技術力」という大きな強みがありました。取引先からの要望にも柔軟に対応できる一方、工場の規模拡大や人員増強はすぐに実施できる状況ではありませんでした。そこで、既存の人員でも効率的に生産・納品をこなしつつ、売上を伸ばしたいという狙いがありました。
導入したCX施策
- クラウド型受発注システムの導入
市販のクラウドサービスをリサーチし、カスタマイズ可能な受発注管理システムを採用。導入前には特定部署だけでテスト運用し、問題点を洗い出したのちに全社展開する形をとりました。FAXでのやり取りも完全に廃止せず、並行期間を設けて徐々にデジタル移行を進めたため、社内の混乱を最小限に抑えられました。 - 在庫管理と生産計画のデータ一元化
これまでExcelファイルがバラバラに管理されていた在庫データを集中管理し、リアルタイムで確認できるように。受注が入れば即時に在庫が引き当てられ、生産部門には「いつ、どれだけ作るべきか」の指示がシステム経由で伝わる仕組みを構築。属人的なノウハウを標準化し、新人でもオペレーションしやすい環境にしたのがポイントでした。 - 社内勉強会と説明会の実施
新システム導入で最も懸念されたのは、現場社員の抵抗感でした。そこで、システムベンダーに協力を仰ぎ、製造・受注部門の社員が実際に操作しながら学べる研修を複数回開催。特にベテラン社員の意見や疑問を丁寧に拾い上げ、改善要望を都度反映することで、導入初期のストレスを軽減しました。
得られた成果
- ヒューマンエラーが激減し、納期遅延率が半減
受注変更や追加発注が即時にシステムで共有されるため、手作業ミスやFAXの紛失といった問題がほぼ解消。結果として納期遅延によるクレーム件数が大幅に減り、顧客満足度が向上しました。 - 売上約120%とリピート率向上
同じ人員でもより多くの受注を処理できるようになり、受注量が増加。顧客からは「対応が早くなった」「在庫切れの心配が減った」と評判が広がり、リピート受注や新規顧客紹介につながったそうです。 - 組織内コミュニケーションの活性化
システム導入を通じて情報共有の重要性を社員全員が再認識し、新しい仕組みに柔軟に取り組む姿勢が芽生えました。経営層や管理職は、現場社員の声を積極的に採り入れることで、変革における心理的ハードルを下げ、結果的に「社員と経営が一丸となる」社風へと変わっていったのです。
新規市場開拓に成功した事例
事例企業B:地域密着型の食品加工業
背景と課題
- 地域スーパーへの依存度が高い
企業Bは地元の農産物を加工し、地域のスーパーや直売所で販売していました。品質は高いと評価されていたものの、地元の人口減少と競合他社の参入により、売上は伸び悩んでいたのです。人口減少に伴う需要の先細りが予想され、今後も地域市場だけでは厳しいという危機感がありました。 - オンライン販売未経験
インターネット通販への参入を検討するも、社内にはECサイトやSNS運用のノウハウを持つ人材がおらず、ゼロからのスタートに不安を抱えていました。既存取引先との関係を守りつつ、新たな販路を開拓する「二正面作戦」が必要だったのです。 - ブランディングが弱い
地域ブランドとしては一定の知名度があったものの、県外や都市部のユーザーにはほとんど認知されていませんでした。せっかく良い素材や独自の加工技術を持っていても、届ける手段がなければ価値を十分に発信できません。
導入したCX施策
- 自社ECサイト立ち上げ
まずは小規模なECサイトを独力で構築し、地元特産品としての魅力をアピールしました。パッケージデザインを刷新し、商品写真の撮影やストーリー性を重視した商品説明に力を入れました。 - SNSマーケティング+動画活用
Instagramでは農家とのコラボ企画や収穫風景の写真を投稿し、YouTubeでは商品の調理方法や開発ストーリー、社員のこだわりなどを動画で配信。企業規模が小さい分、フットワークよく日常的な発信を続けることで、フォロワーとの距離感を縮めることに成功しました。 - 外部コンサルタント・支援機関との連携
ネット販売のノウハウが不足していたため、商工会議所や中小企業診断士などの専門家の協力を仰ぎ、サイト分析や広告運用のアドバイスを受けました。加えて、地元金融機関からECサイト開発資金を一部借り入れし、初期投資を補ったのもポイントです。
得られた成果
- EC売上が全体の約20%に到達
当初は「月に数件売れればよい」という程度の期待だったECサイトが、運用半年後には一定のリピーターを獲得。SNSで魅力を訴求した結果、都心部や他県からの注文が増加し、地域市場だけに頼らないビジネスモデルを確立しつつあります。 - ブランド価値の向上と情報発信の強化
SNSのフォロワーが着実に増え、地域の特産品としてテレビや雑誌に取り上げられる機会も増加。地元農家との「コラボ商品」を開発し、メディアPRの材料として活用したことで、さらに知名度を高めました。 - 社員のデジタルリテラシーが向上
若手とベテランが協力しながらSNS運営や動画編集を経験した結果、社内に自走できるデジタルチームが育ちました。ECサイトへのチャット機能導入など、新しい取り組みに意欲的になりつつあります。
社内風土を変え、成長を遂げた事例
事例企業C:創業50年超の老舗メーカー
背景と課題
- 縦割り体質と若手離職
長年培われてきた職人気質や「ウチのやり方」が根強く、部署間の連携や情報共有が不足していました。若手社員は新しいアイデアを提案しても受け入れられない空気を感じ取り、モチベーションを失いがちだったのです。その結果、3年以内離職率が業界平均より高く、人材不足に拍車がかかっていました。 - イノベーションが生まれにくい環境
生産技術自体は優れているものの、新製品アイデアの立案や商品企画などは幹部クラスだけが決定権を持ち、属人的になっていました。社員からは「上からの指示待ち」という意識が強く、チャレンジ精神に欠ける社風が根付いていたと言えます。 - 経営者の危機感
先代経営者からバトンを受け継いだ現社長は、「このままでは時代に取り残される」という強い危機感を持ち、組織文化そのものを変革しなければ会社の存続は危ういと考え始めました。企業規模の大拡大が難しい以上、「今いる社員が持つ能力を引き出す」ことを最優先課題と捉えたのです。
導入したCX施策
- 評価基準と人事制度の大幅リニューアル
個人の成果(売上貢献、製造数量など)だけでなく、部門を超えたコラボレーションや社内改善への貢献、新規アイデアの提案などを評価項目に追加。賞与や昇進にも反映する仕組みに変更しました。 - 社内SNS・情報共有システムの導入
従来の紙ベース・メール連絡に加え、リアルタイムに情報を共有できる社内SNSを取り入れました。製造現場の若手が撮影した不具合箇所の写真をアップし、すぐに管理者や開発部が対応するといった「素早い問題解決サイクル」を実現。 - 若手リーダー育成プログラム・試作プロジェクト
30代以下の社員を中心にしたプロジェクトチームを複数立ち上げ、新製品のアイデア出しや小規模テストを任せる方式を採用。失敗も含めて学習と捉え、成功したプロジェクトチームには特別報奨金を提供するなど、モチベーションを高める施策を行いました。
得られた成果
- 離職率が大幅に改善
若手社員が「自分の意見を発信できる」「成果が評価される」と実感できる環境を整えたことで、3年以内離職がほぼゼロに。既存社員のモチベーションも上がり、社内コミュニケーションが活発化。 - 革新的な製品開発が実現
若手チームが主導した新素材を使った試作品がヒットし、既存顧客だけでなく新規市場への参入にもつながった。「メーカーとしての伝統は大切にしながら、若手のアイデアも取り入れる」企業文化が醸成されつつあります。 - 経営者と社員の距離感が縮まる
社長が定期的にSNSにメッセージを投稿し、社員の意見にコメントするなど、トップダウンだけでなく双方向コミュニケーションを実施。結果として、経営者のビジョンを社員が共有しやすくなり、企業全体が「変化を受け入れる」カルチャーへとアップデートされました。
地域に根付いた企業がCXを活用した事例
事例企業D:地方の建設関連サービス業
背景と課題
- 公共事業の縮小と競合激化
地方自治体向けの工事やメンテナンスを主要業務としてきた企業Dは、予算削減や人口減少に伴い、公共事業の発注量減少に直面していました。他県の大手建設企業も地域に進出しており、価格競争が厳しくなっていました。 - 地元顧客とは良好な関係を持つが新規案件が少ない
創業以来地元への貢献をモットーにしてきたため、地域社会からの信頼はある程度あったものの、営業エリアが限られていたため大幅な売上増が見込みにくい状況でした。 - 社会貢献と企業成長の両立を模索
経営層としては、「地域を守り、育てる事業を展開しながら自社も安定成長したい」という想いを強く持っていました。しかし、従来の受注スタイルに固執していては、新たなビジネスチャンスを発掘しにくいというジレンマがあったのです。
導入したCX施策
- 地域コミュニティとの協働プロジェクト
自治体や商工会議所、NPO法人などとタッグを組み、防災関連のワークショップや街づくりイベントに積極的に参加。建設業のノウハウを活かし、空き家の再活用やバリアフリー化支援などを提案し、多くの住民の課題解決に寄与しました。 - CSR(企業の社会的責任)活動の明確化
建設分野で培った専門知識を活かし、小・中学校向けに「建設×防災教室」を定期開催。子どもたちに「地元を自分たちの手で守る」意識を高めてもらう取り組みとして地元メディアの注目を集め、企業イメージの向上に貢献。 - オンライン相談・アフターサービスの強化
地元の高齢化が進むなか、オンラインでリフォーム相談ができる仕組みを整備。遠方に住む家族が「実家のリフォームや修繕状況」を把握できるよう、写真や動画を共有して提案するサービスを開始し、高齢者やその家族の間で評判となりました。
得られた成果
- 地域ブランド力の飛躍的向上
イベントやメディアで企業Dが紹介される機会が増え、「街づくりに貢献する建設企業」というポジショニングが確立。公共事業だけでなく、個人住宅や小規模店舗のリフォーム案件も多数獲得するようになりました。 - 新たな収益源の開拓
高齢者向けの改修やバリアフリー化の需要は今後も増えると予測され、企業Dは付加価値の高いサービス提供にシフトしつつあります。価格競争に巻き込まれない独自のポジションを確立した形です。 - コミュニティとの共生によるリピーターづくり
地元住民との対話を繰り返すことで、新規工事や定期メンテナンスの依頼を着実に増やしていきました。地元住民との心理的距離が近いことが強みとなり、口コミによる紹介案件も増えています。
CXを活用して競合優位性を確保した事例
事例企業E:専門機械パーツの製造業
背景と課題
- 価格競争の激化
企業Eは特殊な機械パーツを手がけ、ニッチ分野で安定した取引を持っていました。しかし近年、大手サプライヤーの参入により、価格下落圧力を受けていたのです。同じ品質なら低価格の大手を選ぶ顧客も多く、売上が停滞傾向にありました。 - 顧客が求める品質と納期を確保できるか
一方で、企業Eには熟練の技術者が在籍し、難易度の高いカスタマイズ案件にも柔軟に対応できるという強みがありました。ただし、限られた人員と設備で納期を厳守するには、生産工程の最適化や品質保証のレベルアップが不可欠でした。 - ブランド認知度の不足
製品品質は高くても、業界内での認知度があまり高くなく、取引の継続は「技術者同士の口伝」に頼る部分が大きかったのです。競合が積極的に国内外の展示会に出展し、オンラインで自社の優位性をアピールしているのに対し、企業Eは内向きの姿勢を維持していました。
導入したCX施策
- 顧客インサイトの徹底調査
営業担当だけでなく、製造や品質管理の担当者も顧客を訪問し、現場の声をヒアリング。「実は納期の厳守だけでなく、設計段階からの技術コンサルを求めている」「小ロットでも短期間に対応してほしい」といった新たなニーズを発見しました。 - 生産工程の可視化とリードタイム短縮
社員が個々に抱えていた加工ノウハウをデータ化し、工程表をクリアにすることで、どのタイミングでどのプロセスがボトルネックになっているかを監視。これにより、急な設計変更や追加発注にも対応できるフレキシブルなラインを整備しました。リーダーや管理職が迅速に生産計画を修正できる仕組みを導入。 - 品質保証体制・認証取得で信頼性をアピール
ISO規格などの品質マネジメントシステムを導入し、検査工程を強化。顧客監査にも自信を持って対応できるレベルに引き上げることで、「高い品質・短納期・カスタマイズ力」という三拍子を訴求材料にしました。
得られた成果
- 差別化戦略が奏功
価格で勝負できない部分を「品質&短納期&柔軟対応」に絞り、顧客企業の新製品開発プロセスに早期から関与するビジネスモデルに移行。一度取引を始めると、細かな要望に応えてくれる企業Eのファンになる顧客が増え、長期契約やリピート発注が安定して入り込むようになりました。 - ブランドイメージの向上と安定収益
オンライン展示会への出展や業界紙での特集掲載を通じ、「特殊仕様であれば企業Eが頼りになる」という認知が広がりました。価格競争に巻き込まれにくい領域を確保できたことで、利益率も回復・向上傾向に。 - 顧客満足度の向上と社員のモチベーションアップ
「顧客の課題解決に技術者が直接関わる」というプロセスにより、技術者たちは自分の仕事が顧客価値につながることを実感。結果として社内の士気も高まり、より高度な案件や新製品開発へのチャレンジ精神が育まれています。
まとめ
本記事では、CXによって大きな変革を遂げた中小企業5社の事例を紹介しました。以下に、それぞれのポイントをまとめます。
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業務効率化と売上向上(企業A)
- 受発注・在庫管理のデジタル化によるミスの削減
- 同じ人員でも生産性を上げ、リピート率向上と売上拡大
- 社員を巻き込んだシステム導入で企業全体の意識が変化
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新規市場開拓(企業B)
- 地域スーパーへの依存から、ECサイトとSNS活用へシフト
- 外部コンサルや資金支援をうまく活用して初期投資を抑制
- ブランド強化と都心からの注文増により売上向上
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社内風土の改革(企業C)
- 人事評価制度・社内SNS導入で縦割り体質を払拭
- 若手のアイデアを積極的に採用し、新製品開発を活性化
- 離職率の大幅改善とイノベーション文化の定着
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地域性を活かしたCX(企業D)
- 地域コミュニティや自治体と連携した社会貢献活動
- オンライン相談やアフターサービス拡充で顧客満足度アップ
- 価格競争に巻き込まれない独自ポジションの確立
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競合優位性の確保(企業E)
- 顧客ニーズの深堀りと生産プロセスの可視化で短納期&高品質を両立
- ISO認証などの品質保証体制強化でブランドイメージ向上
- 高付加価値領域に特化し、安定収益と社員モチベーションを両立
どの企業も、限られたリソースや厳しい市場環境のなかで、自社の強みを最大限に活かしながら柔軟な改革を行っています。大がかりなIT投資や大人数の採用が難しい中小企業だからこそ、スピード感ある意思決定や地域性・独自性の活用が武器になるのです。
以上の事例からわかるように、CXは単なる業務改善やデジタル化にとどまらず、企業文化やビジネスモデルそのものを刷新し、顧客満足度・社員のモチベーション・財務的成果のすべてを高める可能性を秘めています。しかも、中小企業だからこそ実行可能な取り組みや強みを活かした差別化戦略は、大企業には真似できない柔軟さと地域密着性を生み出します。
自社でも「同じようにできるのか?」と感じる方もいるかもしれませんが、どの事例企業も最初から完璧なプランを持っていたわけではありません。試行錯誤を重ねながら小さく始め、成功と失敗を学びに変えて徐々にスケールアップする――これが中小企業がCXに挑戦する際の鉄則とも言えます。
もし、「自社に合った具体的な進め方がわからない」「外部リソースや助成金活用を検討したい」という方は、どうぞエスポイントまでご相談ください。中小企業の特性や地域事情を深く理解し、共に最適な変革プランを描くパートナーとしてお手伝いいたします。変化の激しい時代を生き抜くために、ぜひCXを次の一歩として検討し、大きな成長と安定を両立させる道を開きましょう。