想定読者:M&A基本合意(LOI)締結後、企業調査やリスク把握を本格的に行いたい買い手経営陣・売り手対応担当者
ゴール:財務・法務・人事・IT・ESGなど多岐にわたるデューデリジェンス(DD)のポイントを把握し、M&A最終契約や価格設定に活かせるようになる
M&Aプロセスにおいて、デューデリジェンス(DD)は欠かすことのできない重要なステップです。これは、買い手が対象企業(売り手)の実態やリスクを正確に把握し、最終的な価格や契約条件を適切に設定するために実施する「企業精査」のことを指します。一方、売り手にとっても、DDは買い手の信頼を得て、交渉をスムーズに進めるための“透明性確保”の場でもあります。前回の記事(M&Aプロセスの具体的手順)で解説したように、NDA(秘密保持契約)やLOI(基本合意書)までの段階をクリアすると、いよいよ買い手はより深いレベルの情報開示を要求し、売り手は自社の内部資料やデータを準備することになります。このフェーズでの企業精査は、M&A交渉の成否を左右する大きなポイントと言えるでしょう。
本記事では、DDがなぜ重要なのか、その目的や範囲、具体的な進め方について詳しく解説します。さらに、財務・法務・人事・IT・ESG(環境・社会・ガバナンス)など、DDの各分野ごとにどのようなチェックが必要なのかを取り上げるとともに、DDを実施する際の注意点やリスクマネジメントの方法についても述べていきます。
中小企業におけるM&Aでは、リソースが限られている中で効率的かつ正確なDDを行うことが求められます。ここでの取り組みが疎かになると、クロージング後に想定外のリスクが表面化し、PMI(Post Merger Integration)や企業価値向上が大幅に阻害される可能性があります。ぜひ、このプロセスをしっかり理解して、M&Aを成功へ導くための基盤を固めてください。
リスクの顕在化と評価 |
価格・条件交渉の根拠確立 |
PMI計画への入力情報 |
リスクの顕在化と評価
DDの第一の目的は、企業内部に潜んでいるリスクを早期に洗い出し、その影響度を評価することです。財務リスク(不良債権や過大在庫など)や法務リスク(未解決の訴訟・契約書問題など)、労務リスク(未払残業代、社会保険未加入など)、ITリスク(システム老朽化、セキュリティ脆弱性)など、多岐にわたります。
M&A後に想定外の問題が噴出すると、追加費用や時間的ロスが生じるだけでなく、買い手企業の評判にも悪影響が及ぶ可能性があります。DDを通じてリスクを可視化・定量化しておくことが不可欠です。
価格・条件交渉の根拠確立
DDで得た情報は、最終的な買収価格や契約条件の調整に直結します。たとえば、財務DDで多額の隠れ負債が判明した場合、買い手は買収額の引き下げや条件の変更を求めるでしょう。あるいは人事DDでキーパーソンが退職予定であることが発覚すれば、経営計画に修正が必要になり、価格面でも調整が起こるかもしれません。DDの結果は、売り手と買い手双方が「公正な取引」と納得するための重要なエビデンスとなります。
PMI計画(統合後経営)への入力情報
DDで得られる詳細な情報は、クロージング後のPMI計画にも大きく影響します。組織統合やシステム連携、人事制度の統一などを行う際に、どの部分でギャップや問題が起きそうかを事前に把握し、適切な対策を盛り込むことができます。逆にDDが不十分だと、統合の段階で大きな障害に気づき、対応が後手に回る恐れがあります。
LOI締結~DD準備:
NDAやLOIが交わされた後、買い手は具体的なDD計画を立案し、必要な専門家チームを編成します。売り手側も、開示資料の整理や社内説明の準備を進める段階です。
資料要求リスト(DDリスト)の提示:
買い手側またはFA・専門家が、売り手に対して「どのような資料や情報が欲しいか」をリストアップし、売り手は可能な限り提供します。ここで情報管理ルール(閲覧制限、持ち出し禁止など)を設定することも重要です。
資料レビューおよびヒアリング:
提示された資料を精査し、不明点や追加確認事項をヒアリングしたり、売り手企業の現地訪問や経営陣・現場担当者へのインタビューを実施することもあります。
DD結果の分析と報告書作成:
各分野(財務、法務、人事、ITなど)の専門家がDD結果を報告書にまとめ、リスクや改善点の優先度を評価します。
交渉・契約条件の最終調整:
DDの結果に基づき、価格や譲渡条件、表明保証条項など最終契約の内容を詰め、必要なら合意内容の変更を行います。
DD終了後、最終契約へ:
DDで問題が解消されない場合は交渉決裂もあり得ますが、合意に至れば売買契約書(SPA)の締結やクロージングの準備を進めていきます。
DDの期間は案件規模や分野の複雑さによって異なりますが、小規模案件でも数週間~1か月、大型案件では数か月以上かけて実施されることがあります。中小企業の場合、財務・法務・人事など限定的な範囲で集中的に行うケースもあれば、事業規模の割に複雑なリスクが内在しており、入念な精査が必要になるケースも存在します。
財務DDは、「対象企業の財務状況がどれだけ正確に把握できるか」を重視するプロセスです。売り上げや利益、資産負債の構成が公表されている決算書通りなのか、あるいは隠れ負債や過大在庫が潜んでいないかを徹底的にチェックします。
正確な企業価値評価に役立つ
企業価値を算定するうえで、過去の財務実績や現状の利益水準がどれだけ信頼できるかは大きなファクターです。粉飾決算や実態より過小に報告しているケース(いわゆる「意図的損失隠し」など)を見破るためにも、財務DDは欠かせません。
将来のキャッシュフロー予測を補強
過去の決算書だけでなく、主要取引先の売掛金の回収状況や在庫回転期間などを確認することで、将来的なキャッシュフローをより正確にシミュレートできます。M&A後の資金繰りや投資計画に大きく関わるため、財務DDで得た知見は買い手の経営戦略に直結します。
貸借対照表(B/S)の精査
損益計算書(P/L)の精査
キャッシュフロー関連
法務DDは、企業が結んでいる各種契約(取引基本契約、業務委託契約、ライセンス契約など)やコンプライアンス体制、過去・現在進行中の訴訟リスクなどを点検し、法的なリスクを洗い出すプロセスです。中小企業では契約書が整備されていないケースや、口頭合意で長年取引してきた事例もあり、より慎重な確認が求められます。
中小企業のM&Aでは、「人」が企業価値の大部分を占めることがあります。特に職人技や高度なノウハウを持つ専門人材がいる場合、その人たちのモチベーションや雇用継続意欲が低下すると、M&Aのメリットが一気に失われかねません。人事DDでは、従業員データや労務管理状況、社内規定などを深掘りし、組織文化の融合可能性も探ります。
現代の企業経営において、ITシステムやデジタル基盤が果たす役割は大きく、特にシステム連携やデータ活用がM&A後の競争力向上に直結する場合が少なくありません。逆に、老朽化したシステムや不十分なセキュリティ対策が見つかると、買い手企業は想定外の追加投資やリスクを負うことになり、交渉に影響が出るでしょう。
基幹システムと周辺システム |
セキュリティ対策 |
データ連携・インフラ統合容易性 |
近年、ESG(Environment, Social, Governance)の観点が投資や企業評価で大きなウエイトを占めるようになっています。大企業だけでなく、中小企業も地元環境への配慮や社会的責任に対する取り組みが注目される時代です。買い手企業がESGに積極的であれば、売り手企業の環境リスクや社会的リスクをDDで確認し、ネガティブ要因がないか慎重に調べる可能性があります。
環境負荷と法令遵守 排水、排ガス、産業廃棄物の処理状況を確認します。環境基準への適合性を重点的に評価します。 |
社会的責任・地域との関係 地域貢献活動や労働環境への配慮を評価します。持続可能な社会づくりへの取り組みを確認します。 |
買い手企業のESG方針との整合 ブランドイメージへの影響や将来の規制対応を検討します。長期的な企業価値向上の観点から評価を行います。 |
DDでは多くの機密情報を扱うため、情報漏洩のリスクが常に伴います。買い手側は、自社と利害関係のある競合企業に情報が渡ることを懸念する場合もありますし、売り手側も自社のノウハウや顧客情報が流出するのを恐れます。NDAの徹底はもちろん、データルーム(クラウド上など)を活用してアクセス権限を制限し、閲覧ログを記録するなど、セキュリティ管理を強化することが必須です。
デューデリジェンス(DD)は、M&Aの成否を大きく左右するプロセスでありながら、最も労力と時間を要するステップでもあります。本記事で紹介した財務・法務・人事・IT・ESGなど、確認すべき領域は多岐にわたり、中小企業では資料の整備や専門家連携に手間取るケースが少なくありません。しかし、この段階を疎かにすると、後々に重大なリスクが発覚して交渉が破談になる、あるいはクロージング後に莫大な追加コストを負わざるを得なくなるなど、取り返しのつかない事態に陥る可能性があります。
DDは単なるリスク洗い出しだけでなく、最終価格や契約条件を適正化し、公正な取引を実現するための基盤でもあります。買い手がリスクに対して正当な価格調整を行うことや、売り手が自社の情報を誠実に開示して信頼を築くことは、M&A後の統合(PMI)を円滑に進めるためにも重要です。さらに、DDによって得られる詳細な企業情報は、PMI計画の立案にも活かされます。
特に中小企業の場合、オーナー経営者の個人保証や一部口頭合意など、慣習的な経営手法が残っていることも多いですが、M&Aを機にこれらを整理・開示することで、逆に企業としての透明性や改善余地を示せる好機でもあります。自社の魅力とリスクを正しく伝えることが、結果的に良好な交渉とWin-Winの合意を生み出す鍵となるでしょう。
次の記事では、「契約締結とクロージング」のプロセスに焦点を当て、DDの結果を踏まえて最終的な売買契約書を取り交わし、クロージング(取引完了)まで進める際の注意点や必要な手続き、行政許認可、PMI準備などを解説します。M&Aのゴールに近づくこのステップでも、多くの書類や法務面での確認事項があり、現場が混乱しがちです。しっかりとDDの成果を活かしながら、契約締結を円滑に行うポイントを把握してください。
本シリーズの全記事の概要や関連コンテンツは、中小企業事業承継・M&A総合ガイドページでご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。一般企業のM&Aに加えて社会福祉法人M&Aに関する記事もご覧いただけます。
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