想定読者
- 社会福祉法人の理事長・施設長・幹部スタッフで、ここまでの行政手続・財務管理・ステークホルダー対応を学び、具体的な成功事例や失敗事例から学びたい方
- 合併・事業譲渡を既に実施または実施検討中で、PMI後(統合後)の長期的成果や未来ビジョンをどう描くか悩んでいる法人関係者
- 一般企業のM&A事例は知っているが、社会福祉法人特有の実例(後継者難解消、地域包括ケア強化、事業の再編・拡大など)を踏まえた実務イメージをつかみたい専門家(弁護士、税理士、コンサルタント、自治体担当など)
ゴール
- 社会福祉法人のM&A(合併・事業譲渡)における**事例(成功・失敗含む)**を具体的に紹介し、PMI後(統合後)の運営改善や長期的ビジョン策定に役立つ示唆を得る
- 後継者不在の解消や財務基盤強化、サービス拡張など、実際の法人が合併・事業譲渡で何を達成できたのかを明らかにし、読者が自法人の将来像をイメージしやすくする
- PMIを経た後、職員定着率を高めたり、地域ニーズに合わせてサービスを拡大したケースと、対策不足でトラブル化したケースの両方を知り、より現実的なリスク管理やビジョン策定が行えるようになる
ここまでのシリーズでは、社会福祉法人におけるM&A(合併・事業譲渡)を成功させるための財務・行政手続き・ステークホルダー対応・リスク管理など、多角的な視点を取り上げてきました。しかし、理論や手続きだけではなく、「実際にどういう事例があるのか」「成功例と失敗例から何を学べるのか」を知ることで、より具体的なイメージが描きやすくなるはずです。とりわけ、社会福祉法人のM&Aは株式会社のそれとは違い、公益性や地域密着型の要素が強いため、一般企業の事例をそのまま当てはめても十分ではありません。
本記事(第8回)では、社会福祉法人が実際に合併・事業譲渡を行った後の成果や課題に焦点を当て、成功事例・失敗事例を通じてPMI後の未来展望を解説します。たとえば、複数の小規模法人が合併して地域包括ケアの一大拠点となったケースや、後継者不在を解消したものの職員モチベーション対策を怠ってトラブル化した例など、リアルな状況を知ることで皆様が自法人に合った再編戦略を考えるきっかけとなれば幸いです。
また、本記事の後半では、PMI完了後もさらにサービス拡充や地域連携を推し進めるための長期ビジョンをどう描くか、複数法人統合の先にある「さらなるM&Aや海外連携、他業種とのアライアンス」など、やや先進的な視点にも触れていきます。社会福祉法人がM&Aを通じて成し遂げられる可能性は多岐にわたるため、合併・事業譲渡を単発の救済措置と捉えるだけでなく、自法人の未来戦略としてうまく活かす発想が重要になってくるのです。
地方都市A市に拠点を置く法人A1は、特別養護老人ホーム2拠点、デイサービス1拠点を運営していたが、理事長を含む幹部の高齢化が進み、次世代リーダーの育成に失敗していた。一方、法人A2は、同じA市内で認知症高齢者向けのグループホームとショートステイ事業を手掛けていたが、若い理事長と幹部がいるものの、財務基盤が脆弱で、施設設備の老朽化に伴う改修費用が捻出できず、運転資金もギリギリの状態にあった。
A市内では、かねてから後継者不足や財務的脆弱性を抱える社会福祉法人がいくつも存在しており、行政側も「法人同士の統合による大規模化」を支援する方針を打ち出していた。そこで、法人A1と法人A2は行政の助言を受けつつ合併交渉を開始し、新設合併に近い形で新法人Aを立ち上げるプランを協議した。
両法人の理事長や幹部、行政書士・会計士を交えた合併準備委員会が結成され、数か月かけて下記の作業を進めた。
合併後、新法人Aの理事長には旧法人A2の若手が就任、旧法人A1の理事長は名誉会長的ポジションでサポートすることになった。人事では、下記のポイントを注意深く運用した。
利用者への対応では、施設名称変更や担当スタッフの異動を最小限に抑え、「合併でサービスが手薄になる」という不安を軽減。逆に「認知症ケアの専門スタッフが増える」「リハビリ機能が拡充される」といったメリットをしっかりアピールし、利用者家族にも好印象を与えられた。
都市B市に拠点を置く法人B1は、老人保健施設(老健)を運営し、医療法人との連携が強みだったものの、デイサービスや在宅支援が手薄で「退院後のリハビリと社会参加支援が不足している」と指摘されていた。一方、法人B2は障がい者グループホームやデイサービスを持ち、レクリエーションや作業活動のノウハウが豊富だったが、経営幹部のリーダーシップが不安定で財務状況が逼迫していた。
B市の地域包括ケア推進計画では、高齢者医療とリハビリ、日中活動支援を総合化する拠点が求められており、法人B1と法人B2は事業譲渡の形で「日中活動支援施設」とスタッフを譲り受ける交渉を開始した。
法人B2はすべての事業を手放すわけではなく、グループホーム事業は継続したいが日中活動支援は難しくなっていた。そこで、法人B1は日中活動支援施設(定員20名)と関連スタッフ10名、備品・送迎車両をセットで譲り受けることを提案。補助金の扱いとしては、日中活動支援に活用していた自治体補助を法人B1が承継する形で自治体の合意を取り付けた。
譲渡後、日中活動支援のスタッフ10名が法人B1に移籍することになり、給与体系はB1のものを適用。ただし、旧法人B2のスタッフが「自分たちのやり方が尊重されるのか」と不安を抱いたため、PMI初期にワークショップを開催し、旧B2流のレクリエーションノウハウを新法人の老健スタッフにも共有する形をとった。結果的にスタッフ同士が互いの専門分野を認め合い、チーム連携が強化される効果があった。
利用者側では、日中活動支援の利用者が老健のリハビリ設備も活用できるようになり、「外出や社会参加の機会が増えて嬉しい」「職員が増えてプログラムもバリエーション豊かになった」という声が多かった。法人B1も新たな利用者を取り込み、稼働率の向上がみられた。
譲渡後、法人B1はさらに他地域の在宅介護事業者との連携を模索し、「ショートステイ→日中活動→訪問リハビリ」を一体運営するビジョンを描いている。自治体の補助金を活用し、地域包括ケアのモデル拠点として選ばれることを目指しており、PMIの成功を足がかりにして経営規模を拡大しつつある。
法人C1(デイサービス・小規模多機能を運営)と法人C2(特養を1拠点持つ)が吸収合併することになったのは、後継者難と運営効率化を同時に狙ったため。存続法人はC2とし、旧C1の理事長や管理者は退任または非常勤顧問となり、合併後の新体制でC2が主導権を握るプランを掲げた。
合併交渉時点では、職員への十分な説明が行われず、「給与や待遇がどうなるのか」「旧C1の施設はどう扱われるのか」といった疑問が放置されたまま、法人上層部は手続きを進めてしまった。
合併後、存続法人C2の給与テーブルに一本化された結果、旧C1職員の約半数が年収ベースで5〜10%のダウンになった。事務的にも管理部門はC2の担当者だけで回せると想定していたが、旧C1の独自やり方を踏襲していた部分と食い違いがあり、請求業務や経理処理で多数のミスが発生。さらに、旧C1の職員からは「旧法人C1の優れた手法が否定されたようだ」という感情が広がり、退職希望が相次いだ。
法人D1と法人D2は、異なる都道府県に本部を持ちながらも隣接地域で高齢者ケアを行っていた。両法人とも後継者が充実し、幹部は比較的若かったが、経営効率を高めて大規模化し、広域連携でさらに地域包括ケアを進めようという狙いで「新設合併」による法人Dの誕生を計画した。
2つの都道府県にまたがる合併だと、どちらを主たる所轄庁とするか、施設ごとの補助金が市町村レベルで管理されている場合はどう扱うかが大きな課題となる。法人D1とD2はこの調整を後回しにし、合併契約案を先にまとめてしまったため、都道府県Aと都道府県Bが合意を得られず、認可書類が半年以上ペンディング状態となった。
法人D2側は合併による信用力アップを見込んで融資枠を拡大する計画だったが、認可が下りないまま時が経ち、運転資金ショートの危機に陥った。職員の給与遅配が起き、外部に相談した結果、「合併がいつ実現するかわからないなら融資は困難」という金融機関の判断で、資金調達できず詰んでしまい、最終的に合併話は白紙撤回となった。
法人D2の職員は「合併して処遇改善が図られる」と期待していたが、破談で失意が募り、離職する人が増加。一方、法人D1も合併が無効になったことでプランが変更を余儀なくされ、新事業所開設を先延ばしにせざるを得なかった。利用者はニュースを通じて「期待していた新法人は立ち上がらないんだね」と不安や失望を抱えたという。
前述の成功事例2つ・失敗事例2つには、合併・事業譲渡の背景や交渉経緯が異なりますが、それぞれPMI後に現れる成果・混乱の姿がはっきりしており、教訓も明確です。
成功事例のように、まず2法人が合併して成果が出た後、さらに別の小法人を取り込む形で徐々に統合範囲を拡大する戦略が今後増えるかもしれません。特に高齢化で法人自体が後継者不在に苦しむ地域では、段階的な統合を通じて最終的に県単位の総合福祉法人が形成されるビジョンも考えられます。ただし、毎回PMIごとに職員・利用者対応を慎重に行う必要があり、段階的合意形成が重要となります。
医療法人や学校法人、あるいはIT企業やスタートアップとのコラボレーションで、介護テックやAI活用したケアが進む可能性もあります。介護ロボットやオンライン診療の導入など、他業種とのアライアンスを検討する社会福祉法人が増える中、M&Aをきっかけに大規模化し信用力を高めることで、外部企業からの協力を得やすくなるという流れが見込まれます。
社会福祉法人では若手人材の確保が難しいと言われがちですが、合併・事業譲渡を成功させた大規模法人が独自の研修プログラムやキャリア制度を打ち出し、大学や専門学校と連携しながら介護福祉士・社会福祉士の育成拠点となる例も見られます。M&A後の法人が、教育機関や研究機関との連携を活用し、介護・福祉分野のイノベーション(新サービスやDX化など)を先導する役割を担うかもしれません。
海外では公共施設を民間が整備・運営するPFI(Private Finance Initiative)が普及しており、日本でも介護施設・医療施設で一部導入が進んでいます。社会福祉法人が合併によって経営・運営能力を高め、自治体との大規模プロジェクトを受託するような形態も将来的に考えられます。M&Aによる経営統合で組織力が強化されれば、自治体からの大規模事業受託も実現しやすくなるでしょう。
最終的には、社会福祉法人同士の再編が進み、地域の医療・介護・福祉をトータルにカバーする巨大法人が誕生する可能性があります。その法人が高齢者・障がい者・児童・生活困窮者など多領域を包括しながら、公営住宅や地域コミュニティセンターと連携し、地域生活インフラの中核として多大な影響力を持つ時代が来るかもしれません。地方自治体との協働体制が強まれば、地域住民からの信頼が更に厚くなるでしょう。
本記事(第8回)では、社会福祉法人M&Aにおける4つの事例(成功2つ・失敗2つ)を詳しく紹介し、PMI後の成果や課題、成功・失敗のポイントを浮き彫りにしました。それぞれの事例には異なる背景や狙いがありましたが、成功事例に共通しているのは事前準備の丁寧さ(デューデリジェンス、行政との協議、職員との合意形成)、そして合併・事業譲渡後のPMIで職員・利用者・地域住民に正面から向き合う姿勢でした。一方、失敗事例は合併・譲渡の手続きを急ぎすぎたり、現場や行政との調整が不足していたり、資金確保が疎かだった点が浮上しています。
成功事例
失敗事例
これらの学びを踏まえて、PMIではステークホルダー対応(職員・利用者・家族・地域)の一貫性と行政・金融機関・補助金を巡る綿密な計画が必要であることが再確認できます。さらに、将来的には合併後の法人がさらに他法人や他業種との連携を深め、地域や海外との大規模連携を築く展望も広がっており、一度のM&Aで終わらず継続的な変革の可能性が視野に入ります。
社会福祉法人同士のM&Aは、後継者不在や財務難、サービス範囲の限界を打開する有力な手段でありながら、職員・利用者への影響や公益性維持の観点から細心の注意を要します。本シリーズを通じて紹介した事例・ノウハウを活用し、職員や利用者、地域住民が安心できる運営改革を進めてください。
次回「PMI後における成果測定と継続的改善」では、PMI後の成果測定と継続改善プロセスをテーマに、社会福祉法人が設定すべき指標(KPI)やPDCAの具体的な回し方、行政との連携、職員・利用者へのフィードバックなど、長期的な組織発展を実現するメソッドを提示します。地方で実践例が積み上がりつつある今こそ、専門サポートや先行事例を参考に、法人再編の全体戦略をさらにブラッシュアップしていただきたいと思います。
本シリーズの全記事の概要は、社会福祉法人M&Aよりご覧いただけます。また、関連コンテンツは中小企業事業承継・M&A総合ガイドページからもご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。
地方では高齢化と地域支援の拡大が同時進行し、社会福祉法人の役割がますます重要になっています。エスポイントは、こうした法人の合併・事業譲渡をサポートし、公益性と経営効率を両立するためのご提案を行っています。後継者不足や財務的余力の限界など、単独では解決が難しい課題に対して、M&Aを含む総合的なアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。