想定読者
- 社会福祉法人の理事長・施設長・幹部スタッフで、合併や事業譲渡を実際に進めようと考えている方
- 社会福祉法人M&Aにおける行政手続や認可・助成制度を、具体的な資料や法規を踏まえて学びたい方
- 一般企業M&Aとの違いは理解したが、福祉業界特有の制度・補助金活用に関心を持つ専門家(弁護士、税理士、自治体職員など)
ゴール
- 社会福祉法人同士の合併や事業譲渡を進める際に必要となる国・自治体の認可手続・補助金・助成制度の全体像を把握し、円滑な進め方をイメージできるようになる
- 株式会社のM&Aではあまり見ない福祉施設の設置許可や基本財産規制、行政監査、補助金の継承などについて、具体的にどのような書類や審査が必要か理解する
- 前回の記事(第2記事)で示した「社会福祉法人M&Aの基礎」と併せて、実務に役立つ情報を得る
社会福祉法人のM&A(合併・事業譲渡)を検討する上で、最大のハードルとなるのが行政からの認可をはじめとする諸手続です。株式会社のM&Aであれば、株主や取締役会の決議、法務局への登記などがメインですが、社会福祉法人の場合は国(厚生労働省)や都道府県、市町村など多層的な行政機関と関わりを持ちながら進める必要があるのが特徴といえます。
前回「社会福祉法人M&Aの基本と一般企業M&Aとの違い」までは、社会福祉法人と一般企業M&Aの違いとして「株式譲渡がないこと」「公益性や財産規制があること」などを概説してきました。今回はさらに踏み込み、具体的に行政認可はどのように取得するのか、どんな補助金や助成を活用できるのかを整理していきます。なぜなら、合併後の新法人や事業譲受後の運営計画をきちんと作り、必要な書類を揃えなければ、所轄庁(都道府県知事など)から認可を得られないばかりか、補助金が打ち切られたり減額されるリスクもあるからです。
たとえば、厚生労働省の「社会福祉法人制度改革関連情報」では、法人合併などに関する指針やQ&Aが公表されており、そこには統合によるメリットだけでなく、行政手続上の留意点が丁寧に記載されています。また、都道府県の福祉部局が発行する独自ガイドラインを参照することで、地域ごとの細かい要件や提出書類が明確になる場合もあります。
「行政手続が面倒だからM&Aを諦める」というのは非常にもったいない話です。実際には、適切に書類を準備して事前協議を行えば、補助金・助成制度を引き継げるなどの恩恵が得られるケースも少なくありません。合併後に施設をリニューアルする際に新たな補助金が活用でき、結果として利用者サービスが向上する可能性もあるわけです。
本記事(第3回)では、社会福祉法人M&Aを行う際に不可欠な国・自治体の制度や認可プロセス、助成金の扱いについて詳しく説明します。と同時に、「合併計画がスムーズに進むための要点」「市町村との連携」「基本財産の取扱いに関する許可基準」など、実務レベルで注意すべきポイントも網羅していきますので、ぜひご参考ください。
株式会社の合併なら法務局で手続き、株主総会の承認が得られれば概ね成立しますが、社会福祉法人は所轄庁(都道府県知事や政令指定都市の長など)の許可が必須です(社会福祉法第44条〜第48条等)。合併・分割・事業譲渡などの方法によって、提出書類や申請フローが変わる場合もあるため、最初にどのパターンを選ぶかを明確にする必要があります。
特に法人合併の場合、合併認可申請が受理されてから審査に数か月以上かかることが多く(都道府県や法人の規模による)、そこで公益性や財産処理、役員体制をチェックされるわけです。
社会福祉法人は介護保険制度や障害福祉サービスの指定事業者として認可を得ている施設が多く、それらの指定は各都道府県や市町村ごとに管理されています。合併後に施設運営を継続するには、指定事業者変更届や承継手続が必要となり、これを忘れると介護報酬や障害福祉サービス費の請求ができなくなるおそれがあります。
また、施設ごとに異なる助成金や補助金を受けているケースもあるため、どの資金がどの施設に紐づいているかを整理して、行政の担当窓口に確認する作業が不可欠です。
合併や事業譲渡を行った後も、社会福祉法人がきちんと公共性を守っているかをチェックする行政の仕組みがあります。これは法人の運営報告や決算書、理事会の議事録などを定期的に提出し、必要なら現地監査も受ける形になります。ここで不正や不適切なサービス縮小があれば、早期に指導が入るでしょう。
こうした継続的な監査を見越しながら、PMI計画(サービス統合や人員配置など)を策定しておかないと、合併後に書類対応で手一杯になってしまうかもしれません。
社会福祉法人が施設を新設するときや法人を合併・解散するとき、原則として都道府県知事(または政令指定都市の市長)がその認可権限を持っています。これは社会福祉法に基づき、一定規模以上の施設であれば県単位の監督、定員の少ない施設なら市町村単位の監督というように仕組みが分かれるケースもあり、各地で若干の差があります。
合併の場合、双方の法人が異なる都道府県に所在するなら、どの所轄庁に申請するかを調整しなければならず、さらに複雑化する可能性があるため、事前に所轄庁同士の協議が必要となります。
特定の条件下では、都道府県レベルを超えて厚生労働省が直接関与する場合もあります。たとえば全国規模で施設を運営している社会福祉法人などです。また、厚生労働省の通達で示されるガイドラインが各都道府県の運用にも反映される形が多いため、国の方針を常にチェックしておくことが大切です。
合併や事業譲渡を行う場合、法人の定款(または寄付行為)を変更する必要が出てくるでしょう。たとえば、法人名や目的、事業内容を一新することになれば、一定の書類と計画書を所轄庁に提出し、認可を得るステップが必須です。この段階で「どうして合併するのか」「合併後はサービスをどう拡充するのか」といった計画を行政に説明し、公的支援(補助金・税制優遇など)が継続してもらえるよう交渉する形になります。
株式会社M&Aでは株式譲渡契約や株式交換契約が中心ですが、社会福祉法人の場合は「合併契約書」や「事業譲渡契約書」を取り交わします。
認可申請がいきなり却下されると混乱するので、通常は事前協議を行うことが推奨されます。たとえば都道府県福祉部局の担当者と相談しながら、「合併後の法人名はどうするか」「財産の取り扱いに問題はないか」「利用者に混乱が生じない計画になっているか」などをすり合わせるのです。
各都道府県や市町村が独自に作成している「社会福祉法人合併の手引き」「社会福祉法人合併Q&A」などの資料を参考に、必要書類(合意書、定款変更案、運営計画書、財務諸表、評議員会・理事会議事録など)を早めに揃えましょう。
介護保険法や障害者総合支援法等の指定事業者として運営している場合、合併・事業譲渡によって事業者番号や指定の名義が変わる可能性があり、その場合は「指定更新」「指定変更」の手続きを同時並行で進める必要があります。これを怠ると、合併後に介護報酬・障害福祉サービス費を請求できなくなるリスクがあるため注意が必要です。市町村担当者に合併時期や事業移管タイミングを相談し、指定の切り替え日を合わせる形が理想でしょう。
社会福祉法人には建物や土地、車両など「基本財産」として登録されている資産があります。合併の場合、存続法人または新法人がそれらを引き継ぎつつ運営するわけですが、どのように帳簿評価するか、また承継後の運用方針を行政に示す必要があるケースがあります。適切に書面化しないと「基本財産を逸脱した使い方をするのでは」と疑念を抱かれ、認可に支障を来すこともあり得ます。
社会福祉法人が受けている補助金の種類は、厚生労働省の”社会福祉施設等施設整備費国庫補助金”や都道府県独自の補助金、地方自治体の交付金など、非常に多岐にわたります。合併や事業譲渡時にその補助金・交付金が継続されるかどうかは、個別制度によって異なるため、必ず事前に確認が必要です。
こうした点を見逃すと、合併後に想定外の財務負担がのしかかり、サービスや人件費をカットせざるを得ない事態に陥るリスクが高まります。
社会福祉法人は、銀行借入や支払利息についても補助金の使途範囲が絡んでくる場合があり、合併後の法人がどのように負債を引き継ぐかを明確にしておかないと金融機関との折衝がスムーズにいかないこともあります。地方銀行や信用金庫によっては社会福祉法人向けの融資枠を持っているため、合併後の再編計画をしっかり示すことで追加融資を得やすい可能性もあります。
都道府県や市町村が金融機関との協定を結んで低利融資を実施している事例もありますので、地域の制度をリサーチすると意外な支援策が見つかるかもしれません。
前述の通り、いきなり正式書類を提出しても不備や疑問点で差し戻しが起きる可能性が高いため、多くの場合は「事前相談」「内諾」を得るプロセスが行われます。ここで担当者とのコミュニケーションをしっかり図り、「この合併(または事業譲渡)は地域にどんなメリットをもたらすのか」を説明し、疑問点を洗い出すのです。
とりわけ、介護保険事業や障害福祉サービスの指定継承をどう扱うか、補助金の継続に問題ないか、施設の建物が老朽化している場合の改修計画など、細かい論点が山積みになりがちです。担当部署としては合併後の法人運営にリスクがないか見極めたいわけで、ここで丁寧にプランを提示できれば本申請も通りやすくなります。
地域によっては、市町村が独自に補助制度を設けているケースも存在します。たとえば、介護難民対策や地域包括ケア推進の一環として、複数の社会福祉法人が連携することを歓迎し、行政側が費用の一部を補助する取り組みです。行政との協議を進める中でこうした制度を知り、活用できれば財政面の負担が軽減されるでしょう。
合併や事業譲渡の契約書作成だけでなく、行政への提出書類や財務計画の立案には、弁護士・税理士・社会保険労務士など複数の専門家が関わることが多いです。さらに、福祉施設の建築基準や消防法上の安全基準を満たすかどうか確認するために建築士が補佐する場合もあります。
こうした体制を敷くとコストはかかるものの、結果的に認可がスムーズに得られ、合併後のトラブル回避につながるため、手間を惜しまないことが重要です。株式会社M&Aよりも行政とのやり取りが継続的に必要な点を踏まえ、プロフェッショナル連携を早めに確立しておきましょう。
社会福祉法人のM&A(合併・事業譲渡)には、株式会社のM&Aとは大きく異なる行政認可や財産規制、公益性維持といった要素が絡み、手続が複雑化しやすいのが実情です。しかし、国や自治体が推進する地域包括ケアや福祉施設の再編を背景に、行政側も法人合併を完全に拒むわけではなく、むしろ合理的な再編を後押しする場合があります。
高齢者・障がい者支援に対するニーズが増し、地域全体の福祉リソースを効率よく運用する必要が高まっている地域では、複数法人の合併や事業譲渡を通じてサービスの質と持続性を高める試みが注目されています。
一見すると、行政への提出書類や補助金の継承手順は難しく感じられるかもしれませんが、事前協議やプロフェッショナル活用によってスムーズに乗り越えられる可能性は十分あります。次の記事「合併・事業譲渡・社会福祉連携推進法人の比較とPMI初期」では、合併・事業譲渡のプロセス比較や組織再編におけるPMI初期対応をさらに深堀りし、具体的な段取りと注意点を探っていきます。
ぜひ引き続きご覧いただき、社会福祉法人としての合併・譲渡を実務レベルでどのように進めるかのイメージを一層具体化していただければ幸いです。
本シリーズの全記事の概要は、社会福祉法人M&Aよりご覧いただけます。また、関連コンテンツは中小企業事業承継・M&A総合ガイドページからもご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。
地方では高齢化と地域支援の拡大が同時進行し、社会福祉法人の役割がますます重要になっています。エスポイントは、こうした法人の合併・事業譲渡をサポートし、公益性と経営効率を両立するためのご提案を行っています。後継者不足や財務的余力の限界など、単独では解決が難しい課題に対して、M&Aを含む総合的なアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。