想定読者:DD(デューデリジェンス)を完了または完了間近で、最終合意とクロージング手続きに臨む中小企業の売り手・買い手担当者
ゴール:DD結果を反映した売買契約書(SPA)の作成や最終価格調整、クロージング直前・当日・直後に必要な実務を理解して、スムーズに取引を完了できるようになる
デューデリジェンス(DD)が完了またはほぼ完了し、買い手・売り手双方がリスク評価と大枠の価格・条件合意を経た段階において、いよいよ売買契約(SPA: Share Purchase Agreement など)の締結とクロージング(取引完了)に向けた準備が本格化します。しかし、中小企業のM&Aでは、DDが終わって安心した矢先に見落としていた手続きや許認可、行政対応など、意外なところで想定外の時間やコストが生じることが少なくありません。また、契約書の主要条項(表明保証、価格調整、違約金など)に関して、売り手・買い手が最後の詰めの段階で対立するケースもあります。M&Aはクロージングまでが勝負と言われるのは、まさにこのフェーズで細部を徹底的に詰め、リスクを管理し切らないと、土壇場で破談になる可能性すら残っているからです。
本記事では、契約締結とクロージングの流れを5つのステップに分けて解説します。
DDで得た情報を最大限活かし、公正かつ合理的な合意を形にすると同時に、クロージング前後のバタバタを最小限に抑えるためのポイントを網羅します。特に中小企業では、オーナー経営者が直接契約を取りまとめることが多く、日常業務とM&A準備の同時進行で負担が大きくなりがちです。最後まで集中力を切らさず、着実にステップを踏んでいきましょう。
中小企業のM&Aでは、株式譲渡によるオーナー交代が多いため、**Share Purchase Agreement(株式譲渡契約書)**が主たる最終契約書として用いられます。事業譲渡の場合はBusiness Transfer Agreement(事業譲渡契約書)やAsset Purchase Agreementと呼ばれる場合もあります。どちらにしても、M&A最終合意を法律的に確定する文書です。
SPAには、
など、多岐にわたる条項が含まれます。大企業の案件では数十ページにも及ぶ詳細な契約書が作成されますが、中小企業の場合は規模や複雑さによって分量が異なります。
通常、LOI(基本合意書)やタームシートで大まかな条件(価格帯、取引構造、DD期間、独占交渉権など)を合意してから、最終契約書のドラフト作成を進める流れです。売り手・買い手それぞれが弁護士やFAと連携し、最初のドラフトをどちらが用意するかを決めます。買い手側がドラフトを提示するケースもあれば、売り手側が独自のフォーマットを提示し、交互に修正を加えていくこともあります。
デューデリジェンス(DD)で判明したリスク要因や追加投資の必要性を踏まえ、最終価格をどう決定するかが最も重要な交渉点の一つです。
たとえばDDの段階で想定外の借入金や在庫の不良分が見つかった場合、買い手はその分だけ価格を下げるよう求めるのが一般的です。反対に売り手は、「そのリスクはすでに開示しており、価格に織り込み済み」などと反論するケースもあります。ここの意見調整がまとまらなければ、最終合意には至りません。
大企業のM&Aでは、締結時点とクロージング時点で対象企業の純資産や運転資本が変動した場合に応じて買収価格を調整する「価格調整条項」が設けられることが多いです。中小企業でも、一定の運転資本水準を維持する義務を売り手に課し、基準を下回れば価格を差し引くといった仕組みを導入する場合があります。
中小企業のM&Aで、売り手オーナーがM&A後も一定期間経営に関与し、業績目標を達成すれば売却額を追加で受け取るといった仕組み(アーンアウト)が設けられる場合があります。これにより、買い手は短期的な業績リスクを抑えつつ、売り手は目標達成により最終的な譲渡額を増やすインセンティブを得られます。
SPAには、クロージングを実行するために事前に満たすべき条件が明記されるのが一般的です。これをCP(Conditions Precedent)と言い、代表的な項目には以下のようなものがあります。
買い手・売り手の双方が「CPがすべて満たされた」と確認すると、クロージングに進む手筈となります。
中小企業でも、酒類製造免許、建設業許可、運送業免許、医療関連許可、第二種金融商品取引業など、業種特有の許認可を保持しているケースがあります。M&Aで経営主体が変わると、許認可を再取得する必要が生じたり、事前の届け出が法令で定められている場合があります。
許認可の名義変更や新規取得には、書類準備・審査・実地調査などに時間がかかる場合があります。クロージングをいつに設定するかを考えるうえで、役所の繁忙期や休日なども考慮し、後ろ倒しにならないよう早めに交渉を進めておきましょう。
業法によっては、会社主体が変わることで従来の許可が失効する可能性もあります。公共事業の入札参加資格が消滅するなど、想定外の事態が起きると事業継続に支障が出ます。こうしたリスクはDDの法務面でチェックしつつ、許可権者に事前確認を行うのが鉄則です。
クロージングを迎えると、経営権が正式に移転し、売り手・買い手の関係が本格的に「ひとつの企業体」として始動します。ここからがPMI(Post Merger Integration)の実行フェーズとなり、組織再編やシステム統合、人事制度の一体化など、具体的な統合作業が始まります。
場合によっては、売り手オーナーが一定期間残り、段階的に引き継ぎを行う取り決めを契約に盛り込んでいることもあります。経営上重要な取引先や社内キーマンとの関係性、ノウハウをスムーズに移転するため、移行期間中の報酬や業務範囲を明記しておくと良いでしょう。逆に、すぐにオーナーが退任する場合もあるため、経営ブレーンが急に空白にならないよう、買い手側は人材確保のプランを用意しておくことが大切です。
M&Aにおける契約締結とクロージングのプロセスは、DDで発覚したリスクや条件を最終的に整理・合意し、正式に経営権や事業資産を移転するための最終ハードルです。ここでの注意点を整理すると、以下のように要約できます。
売買契約書(SPA)作成で細部まで詰める
最終価格と条件をDD結果で再調整
クロージング前後の実務と許認可対応
PMI(統合)準備を並行で進める
中小企業のM&Aでは、大企業と比べて組織規模が小さい分、経営者や役員が契約締結とクロージング準備を兼任しなければならず、多忙を極めることが一般的です。こうした状況でも、FA・弁護士・税理士・会計士などの専門家やアドバイザーを適切に活用し、スケジュール管理と優先度付けを徹底することで、トラブルを最小化しながら無事にクロージングを迎えることが可能です。
特に地方や中小企業の場合、取引先や従業員、地域社会がM&Aの影響を受けやすいため、コミュニケーション計画を丁寧に進めることが信頼獲得の鍵となります。契約締結とクロージングはゴールではなく、PMIという新たなスタートラインへの入り口です。最後の詰めを怠らず、次の段階である「PMI(統合)計画」や「PMI実行」へ円滑に移行できる準備を整えましょう。
次の記事では、「中小企業のM&A成功事例」を取り上げ、実際にどのようなプロセスでM&Aを成功させたのか、具体的なケースから得られる教訓を解説します。事例を知ることで、理論だけではカバーしきれないリアルな課題や成功パターンを学び、さらにステップアップした理解を目指してください。
本シリーズの全記事の概要や関連コンテンツは、中小企業事業承継・M&A総合ガイドページでご覧いただけます。企業戦略の一環としてのM&Aについてのポイントを見つけてください。一般企業のM&Aに加えて社会福祉法人M&Aに関する記事もご覧いただけます。
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