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ゴール
中小企業が持続的に発展するためには、限られたリソースを活かして社員の能力を最大限に引き出す仕組みが重要です。しかし、研修のやり方が一本調子だと、すべての社員が同じように成果を出せるわけではありません。学習スタイルや興味分野、業務内容は社員ごとに異なるため、画一的な研修プログラムだけでは「退屈」「学びにくい」「業務に生かしにくい」などの問題が発生しやすくなります。さらに、せっかく多額の費用と時間をかけた研修でも、社内全体のスキル向上につながらなければ投資対効果(ROI)は低くなってしまいます。
そこでポイントとなるのが、複数の教育手法をうまく組み合わせて活用することです。OJT(On-the-Job Training)による実践的な学び、Off-JT(集合研修)での体系的な知識習得、オンライン研修やeラーニングによる柔軟な学習、メンター制度による個別指導――これらを補完的に取り入れることで、社員それぞれに合った学習環境を提供しやすくなります。また、管理職や教育担当者から見ると、異なる研修形式を組み合わせることで、研修成果の「見える化」や「フォローアップ」に関する工夫もしやすくなるでしょう。
本記事では、多様な教育手法の種類と特徴を整理し、中小企業が実践しやすい組み合わせパターンや注意点を詳しく解説します。前回までに述べてきた「評価制度との連動」を踏まえながら、どのように複数の研修形態を設計すれば社員の学習効果が高まり、企業の競争力を強化できるのか、一緒に考えていきましょう。社員の多様な学習ニーズを満たすことで、研修が「費用ばかりかかる」存在から「企業価値を高める投資」へと変わるはずです。
OJT(On-the-Job Training)は、職場で実務を通じて指導・学習を行う手法を指します。特に中小企業では、「ベテラン社員が新人を隣で教えながら仕事を進める」というスタイルが昔から根付いているかもしれません。OJTの大きなメリットは次のとおりです。
実務密着度が高い
学んだスキルを即座に実務で使うため、必要性を強く感じられ、定着率が高くなります。座学研修で学ぶ理論よりも、手を動かしながら身につけるほうが成果が即座に見えやすいのです。
コストが比較的低い
社外研修や外部講師を招く必要が少なく、社内の人材を中心に教育を進められるため、予算を抑えられます。
社内ノウハウの継承
独自の製品・サービスを扱う中小企業では、社内に蓄積された「属人的ノウハウ」を新人や若手に直接伝える場として、OJTは非常に有効です。
一方、OJTには以下のようなデメリットも存在します。これらを意識して対策を講じないと、学習効果が思ったほど上がらないケースが出てきます。
指導者(メンター)の質に依存
OJTは教える側のスキルやモチベーションが学習成果を大きく左右します。ベテラン社員が指導経験に乏しかったり、自分のやり方を押し付けるだけだったりすると、OJTが形骸化する恐れがあります。
断片的な知識習得
そのとき必要な業務だけを教わるため、体系的な知識が抜け落ちるリスクがあります。気づいたら「仕事が回るための最低限のことしか知らない」という状態に陥りがちです。
ベテランの負担増
教える側が通常業務を抱えたまま新人教育を行うと、どちらも中途半端になったり、長時間労働を招いたりする恐れがあります。
Off-JT(Off-the-Job Training)は、職場を離れて行う集合研修やセミナー、ワークショップなどを指します。OJTが「実務密着型」であるのに対し、Off-JTは体系的な知識習得や他社事例の学習に向いています。具体的には以下のような利点があります。
理論や基礎知識を体系的に学べる
ビジネススキルや専門知識を効率よくインプットでき、業務の全体像や背景を理解しやすくなります。
一度に複数人を教育できる
新入社員研修や全社研修として一斉に行う場合、OJTに比べて教育の効率が高い場合があります。
外部講師や専門家の活用
社内にはない最新動向や高度な専門知識を学べる機会を作れるので、イノベーションや組織変革を促進しやすい。
Off-JTには、以下のようなデメリットが考えられます。
実務との乖離
座学中心の研修だと、実務でどのように活かすかイメージしにくいことがあります。特に中小企業では時間的余裕がなく、研修後に「結局使い方がわからない」となる恐れがあるのです。
コストと時間の負担
外部講師を招く場合や長期間の集合研修を行う場合、費用が高額になりやすいです。また、研修時間中は業務が止まるため、生産に影響が出るケースもあります。
受け身学習になりがち
オンラインや講義形式だと、受講者が受け身のままで眠くなったり、注意力が散漫になったりすることも。
技術の進歩やコロナ禍を契機に、オンライン研修やeラーニングを導入する企業が急増しています。中小企業にとっても、この手法には大きなメリットがあります。
時間・場所の制約が少ない
社員がそれぞれのペースで学べるため、業務の合間や在宅勤務中に受講可能。地方企業や海外拠点を持つ企業でも一斉受講しやすくなります。
コスト面での柔軟性
有名講師のセミナーをオンラインで受講すれば、交通費や宿泊費を削減できる。Udemyなどのプラットフォームなら、比較的安価に豊富なコースを利用できる。
学習データの可視化
受講進捗やテスト結果、学習履歴がシステム上に蓄積されるため、評価制度やフォローアップに活かしやすい。
一方で、オンライン研修には以下の課題が伴います。
モチベーション維持が難しい
オンラインでは誰にも見られていない環境になりやすく、集中力を失ったり途中離脱したりする社員も出がちです。
実技・ハンズオンが限られる
特定の機材や実地作業が必要な業務では、オンラインだけでは学習が不十分になる可能性がある。
通信環境やITリテラシーの差
社員のITスキルに大きな差があると、オンライン研修をスムーズに進められないケースがある。
メンター制度は、新人や若手社員などが職場やキャリアに関する悩みを気軽に相談できる先輩社員(メンター)を配置する仕組みです。OJTとは異なり、メンターは直接業務を教えるだけでなく、キャリア形成やモチベーション維持に関する支援を行います。効果としては以下の点が挙げられます。
メンター制度にコーチング手法を取り入れると、さらに効果的です。コーチングは相手の自己発見と行動変容を引き出すためのコミュニケーション技術で、質問や傾聴、フィードバックを駆使して、部下や後輩が自発的に考え行動するよう促します。
メンターとして活躍できる先輩社員や管理職を増やすには、彼ら自身に対する研修も重要です。「教え方」「質問の仕方」「フィードバックの仕方」を学び、部下や後輩の成長を最大化する指導法を身につけてもらう必要があります。実績ある外部コーチを招いたり、書籍やオンライン講座を活用したりして、社内に「教えるスキル」を浸透させましょう。
これまで紹介したOJT、Off-JT、オンライン研修、メンター制度にはそれぞれメリット・デメリットがあります。したがって、どれか単独で完結させようとするのではなく、複数の手法を補完的に組み合わせる“ハイブリッド”設計が中小企業では特に効果的です。たとえば次のようなプランが考えられます。
ハイブリッド型研修をうまく設計するには、以下のポイントを押さえましょう。
複数の研修手法を使うと、社員が「どのフェーズで何を学んでいるか」がわかりにくくなる危険があります。そこで「研修パスポート」や「学習カルテ」といった形で、各社員がどの手法をいつ受け、どんな成果を出したかを記録・共有すると、指導者や管理職がフォローしやすくなります。
成功事例から学べる要点は以下のとおりです。
中小企業が限られたリソースを最大限に活かし、社員の学習成果を早期に実務へ還元するためには、多様な教育手法を組み合わせたハイブリッド型の研修設計が効果的です。OJTでの即戦力化、Off-JTでの理論習得、オンライン研修での柔軟性、メンター制度での個別サポート――それぞれの特徴を理解し、社員の状況や企業の課題に合わせて活用することで、教育投資のROIを高められます。
今後は、企業の外部環境がますます変化し、新しいテクノロジーが次々と登場する中で、「どう学ぶか」が企業競争力を左右する要素になっていきます。社員一人ひとりが自分に合った方法でスキルを高め、業務成果を出せるよう、多様な研修方法を試しながら最適な組み合わせを探ってください。次回の記事では、「社員のモチベーションを高める施策」について深堀りし、学習効果を長期間持続させる工夫や社内コミュニケーションの活性化策などを具体的に取り上げます。多角的な研修手法を下支えするのは、やはり社員の意欲と組織の学習文化です。そこをどう強化するか、一緒に考えていきましょう。
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